経営者が企業存続のためにまず考えるべきは「利益」をあげることだ。そして、長期にわたり利益をあげるには、競争戦略が重要になる。これらは当然のことのように思えるが、では「優れた戦略とは何か」と問われると、意外に答えられる人は少ないのではないだろうか。
11月6日~17日に開催された「TECH+ EXPO 2023 Autumn for データ活用 データで拓く未来図」に、著書『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件』(発行:東洋経済新報社)で知られる一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授の楠木建氏が登壇。企業がどのように競争戦略を描いていくべきなのかについて語った。
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「競争戦略」とは企業が長期利益をあげるための手段
企業における「競争戦略」とは何を意味するのか。その問いに答えるには、まず「ゴールを考える必要がある」と楠木氏は言う。
そのゴールとは次の3つである。
まず、競争市場において長期利益をあげること。そして、利益をあげた結果、資本市場で企業の株価が上がること。さらに、労働市場においては雇用をつくり従業員の働きがいを生み出すことである。
これら3つのゴールの土台になるのは、最初に述べた「利益」だ。「経営者は儲かる商売をつくれて始めて、3つのゴールが達成できる」(楠木氏)のである。
事実、著名な経営者の多くは、この「利益」にフォーカスしている。
例えば、ファーストリテイリングの柳井正氏が掲げる年度方針も「儲ける」だし、松下幸之助氏の定めた基本方針も「儲ける」だったという。
長期利益こそ経営者の使命であり、そのための手段こそ「競争戦略」なのだ。
この競争戦略の論理について、楠木氏は次のように述べる。
「競争戦略の基本論理はシンプルです。それは、競争相手に対して“違い”をつくることです」(楠木氏)
なお、競争というとスポーツをイメージする人が多いが、ビジネスとスポーツは根本的に異なっている。
というのも、スポーツでは金メダルは1つしかないが、ビジネスはそうではないからだ。ビジネスでは同じ業界であっても勝者は複数存在できる。その理由は、それぞれの企業が違うポジションをとれるからである。
「アパレル業界では、ZARAもユニクロも勝者です。両者は違うポジションをとっているので、どちらが優れているかを論じる意味はないからです」(楠木氏)
楠木氏によると、かつてホンダが自動車に参入する際、次のようなエピソードがあったという。
「ホンダが自動車に参入しようとしたとき、すでにトヨタや日産といった企業がありました。ホンダのエンジニアたちの『こうすればトヨタや日産に勝てるんじゃないか』という議論を聞いていた本田宗一郎さんはこう言ったそうです。『それ、トヨタにやってもらった方が良いんじゃないか』と。これこそが他社と違うポジションをとるという“戦略”だと思います」(楠木氏)
戦略は“箇条書き”ではなくストーリーとしてつなげる
では、本講演のテーマでもある「ストーリーとしての戦略」とは何だろうか。
楠木氏によると、「ストーリーとしての」とは「つなげていく」ということである。つまり、「戦略をつなげていくこと」が重要なのだ。
実は、これができている経営者はそれほど多くないという。
「いろいろな会社から戦略について相談されるのですが、そういう場合に出てくる戦略のほとんどは“箇条書き”になっているのです」(楠木氏)
箇条書きは「横に並べていく」イメージだが、つながりは「時間軸による縦の流れ」だ。価格をどうするのか、ターゲットをどこに定めるのか、どんな技術を用いて、どこで生産するのか……そうした個別の要素は重要ではあるが、時間軸に沿って縦につながっていなければストーリーとは呼べない。
「つながりとは因果論理であり、因果論理は必ず時間を背負っています。“こうするとこうなる、だからこれができる”というのがつながりなのです」(楠木氏)
この点を見落としている経営者は、とかく「シナジー」という言葉を連発しがちだと同氏は指摘する。
「“シナジーおじさん”は頭の中で戦略がつながりではなく、組み合わせになってしまっているのです。例えば、ビンタしてから抱きしめるのと、抱きしめてからビンタするのでは背後に持っている論理が違います。大事なのは要素ではなく、順番です。時間的な奥行きこそがストーリーなのです」(楠木氏)
ストーリーの重要性を知るための例として楠木氏があげるのが、元プロ野球選手の山本昌投手だ。
50歳を過ぎるまで活躍した山本投手だが、さすがにキャリアの終盤はストレートの球速が落ちていた。しかし、それでも打席に立ったバッターは山本投手のストレートに苦しめられた。その理由を問われた山本投手は、「それは俺がプロだから」と答えたという。
どういうことか。
「山本投手曰く、速い球を投げる選手はたくさんいる。でも、自分は“速く見える球”を投げるんだと言うのです」(楠木氏)
当時の山本投手のストレートは約130キロと決して速い球ではなかった。しかし、山本投手はさらに球速の遅いスローカーブを得意としており、その落差でバッターを翻弄したのだ。これこそが、配球という“ストーリー”である。
人々は結果を出すために、つい飛び道具や必殺技を探してしまう。しかし、そんなものがなくても、ストーリーで戦略をつくることで他との違いを生み出し、結果につなげられるのだ。