約1年前にネコを我が家に迎えてから、筆者のセロトニンの分泌量は確実に急増している。「サイベリアン」という種類の長毛種で、もふもふのフォルムがぬいぐるみのようでたまらなく可愛い。
仕事でうまくいかなかったり、人の言動に傷ついたりしても「そういえば、我が家には天使がいるじゃないか」と、すぐに切り替え立ち直れるようになった。毎日、癒しを提供してくれるネコ様には頭が上がらない。
愛猫の「スイさん」にはずっと健康でいてほしいし、少しでも長生きしてほしい……。
「ネコが30歳になっても、元気に暮らせる社会を作る」ーー。そう語るのは、独自のAI(人工知能)技術とIoT技術を活用したネコ用スマートトイレを開発・提供するトレッタキャッツ 代表取締役の堀宏治氏だ。
ペットフード協会が発表した2023年の調査によると、室内飼育のネコの平均寿命は16.25歳。つまり、堀氏は、ネコの平均寿命を現在の約2倍にする目標を掲げている。
株式会社トレッタキャッツ
代表取締役 堀宏治氏
NTTデータで病院情報システム開発に約10年携わる。その後、Johnson&Johnsonにて病院経営コンサルティングに携わり、Global Health Consulting Japanを3人で起業、取締役副社長。その後、メディカルアーキテクツを起業、代表取締役。girasolに事業売却。2012年にぺっとぼーどを起業、代表取締役。JVCCに事業売却。2015年にトレッタキャッツを起業、代表取締役。スマートねこトイレ「Toletta/トレッタ」を通じて世界中のねこを幸せにしたいと奮闘中。
世界初のAI技術を搭載したネコ用トイレ
同社が提供するネコ用スマートトイレ「Toletta(トレッタ)」には、AIによってネコの顔を認識する技術が備わった独自のカメラや、1グラム単位で計測できる重量センサが搭載されている。
ネコがトイレに入るとセンサが感知し、毎日の尿量や排尿頻度、体重などを自動で計測する。トイレ中のネコの映像とともに専用のアプリに記録し、異変があれば、すぐに飼い主やかかりつけ登録した動物病院に通知するシステムだ。
AIは獣医師と共同で開発されたもので、ネコの顔を認識する技術の開発は世界初だという。首輪や専用のタグなしの個体識別を可能にした。3種の特許を日本、アメリカ、中国で取得している。
トレッタは2018年にサービスの提供が開始され、累計契約頭数は3万頭を超えた(2023年12月時点)。2023年12月には、日本国内の優れたサブスクリプションビジネスを表彰する「日本サブスクリプションビジネス大賞2023」(日本サブスクリプションビジネス振興会主催)でグランプリに輝いた。
筆者もユーザーのひとりで、トイレをしているネコの写真や動画に癒されている。また、詳細なデータが把握でき、データを可視化することで小さな変化に気づけるようになった。
なぜ、ネコの尿に着目したのか?
なぜ、堀氏はネコの尿に着目したのだろうか。それは、ネコの死因で最も多いのが、泌尿器疾患だからだ。花王の調査によると、愛猫が経験した病気で「泌尿器系の病気」と回答した飼い主は約5割だったという。
不治の病とされる慢性腎不全は、多尿、体重減少が初期の症状としてみられる。つまり、「トイレの状況を把握することは、ネコの健康管理にとても重要なことだ。泌尿器疾患の早期発見につながる」と堀氏は説明する。
起業のきっかけは「東日本大震災」
堀氏がペットサービス市場に足を踏み入れるきっかけとなったのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。
「テレビでは毎日のように被災地の光景が映し出され、その悲惨さに心を痛めた。そして、避難時にペットを置いて行かざるをえなかった人たちが多くいることも知った。イヌやネコといった動物が殺処分される問題を目の当たりにし、そのとき、動物愛護に関係する仕事がしたいと漠然と思った」と、堀氏は当時を振り返る。
そして2012年に、ペットサロンで歯磨きを受けられる定額サービスやペットホテルなどを手掛けるぺっとぼーどを設立。後にペットIT事業を行うハチたま(現トレッタキャッツ)を創業し、ペットのデータ収集を行っているうちに、「ネコに対するニーズの高さ」を知った。このとき、ネコの健康をチェックするIoTトイレのアイデアを思いついたという。
そして、2018年3月にトレッタの製品発表を行い、世界ネコの日である8月8日から一般販売を開始すると告知した。しかし、このとき堀氏にとってショックな出来事が起きた。
「当社が製品を世に出す前に、大手家電メーカーから同じように体重や尿の量を計測できるネコトイレの発売を開始し、当社の技術がそのメーカーの特許に抵触することが判明した。この出来事は相当ショックだった」(堀氏)
特許使用料を払って現行の仕様で発売するか、まったく違う技術を編み出すかの選択に迫られた堀氏は、発売日を延期することを決断した。一から技術を見直し、2019年1月に他社の特許を侵害しない技術のめどが付いた。そして2019年4月に、体重計測機能だけができる製品として提供を開始。そして、同年の8月に尿量計測機能を搭載したネコトイレを製造できるめどが付き、当初より1年遅れで、堀氏が理想とする商品を世に送り出した。
「まったく新しい商品なので、認知度を高めることに苦慮した。なぜ、ネコの体重を測り、尿量を管理する必要があるのか。この測定にどのような意味があるのか。そういったことをユーザーに発信し続けた」(堀氏)
2022年9月には、ペットテック先進国のアメリカで毎年開催されている、ペットケア業界の中でも特に革新的なサービスに送られるアワード「Pet Innovation Awards」においてネコトイレ部門最優秀賞を受賞。また、Amazonベストセラーを2度も獲得した。そして、2023年12月には「日本サブスクリプションビジネス大賞2023」でグランプリに輝いた。
「人間に対する医療の技術は成熟しつつあり、寿命がこれから2倍になるというのは現時点では考えにくい。しかし、ネコをはじめとしたペットの寿命は、まだまだ伸びしろがある。ネコが30歳まで生きるということは、決して夢物語ではない」(堀氏)