東京工業大学(東工大)は1月18日、津波・高潮対策と発電所を兼ねた「自己発電型可動式防潮堤」(以下、今回の防潮堤)に関する研究成果を発表した。

同成果は、東工大 環境・社会理工学院 融合理工学系の高木泰士教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、再生可能エネルギーのシステムとコンポーネントに関する全般を扱う学術誌「Renewable Energy」に掲載された。

地震に伴う津波、激甚化しつつある台風・高潮などから港を守る技術に、可動式防潮堤がある。同防潮堤は、通常時は海底面下にゲートを格納できるため、船の出入りや潮の流れを阻害しない。また、上空に巨大な梁が架かる通常の水門のように視界や景観、船の高さの妨げにもならない上、他工法と比べると地権者交渉などの建設に関わる調整コストが小さいなど、多くの優れた点を備える。その反面、建設には高い技術とコストが求められ、現在は実績が少ないのもあり(岩手県大船渡市や兵庫県南あわじ市に設置済み)、導入の機運が高まっていないという。

そうした中、地震の衝撃や液状化にも耐え、港口を閉鎖することで津波の港内への浸入を防ぐ構造として、「ニューマチックケーソン工法」による基礎を持つ可動式防潮堤の研究を進めてきたのが研究チームだ。同工法では、ゲートは基礎内部のスペースに格納されており、地震発生時にウィンチを解除することで浮力を得て無動力で浮上し、短時間で港口を閉鎖することが可能である。

  • ニューマチックケーソン基礎を有する可動式防潮堤の施工方法

    ニューマチックケーソン基礎を有する可動式防潮堤の施工方法(出所:東工大プレスリリースPDF)

しかし同工法では、ゲートを再び収納するのに動力が必要とされるため、災害後の停電でウィンチが使えない場合などは、港の再開に支障を来す恐れがあるという。そこで今回は、可動式防潮堤により生み出される港の内外での局所的な潮位差で発電する方式を提案したとのことだ。

潮位差発電は干満差が大きい国・地域向けに普及しているものであるが、実は日本の干満差はそれほど大きくないため、今のところ国内に同発電施設の建設事例はないという。そこで今回の研究では、潮位差発電による港の後背地へのエネルギー供給ポテンシャルについても検討したとする(災害での停電時も、港を臨時の発電所にできれば、電力的に孤立した地域に供給できる可能性がある)。

  • 可動式防潮堤による潮位差発電のイメージ

    可動式防潮堤による潮位差発電のイメージ(最終的には、画像1に図示されている可動式防潮堤の製作工程に組み込むことが想定されている)(出所:東工大プレスリリースPDF)

港の利用と潮位差発電を両立するため、通常時は夜間のみ、またお盆や年末年始などの比較的長く使わない期間だけゲートで閉鎖し、その間に発電を行うシナリオが検討された。これは、日常的に稼働させ続けることで、いざという時の使用での不安も払拭できるメリットもあるとする。そして同シナリオにおいて発電できる電力が今回の防潮堤を作動させるのに十分か、港の後背地への電力供給も可能か、大潮だけでなく小潮でも発電可能か、といった観点で実現性が検討された。

また広い港では出入口の幅が100m以上にもなるため、複数のゲートが必要だ。複数をスムーズに作動させるためには、ある程度の隙間を設ける必要があることから、そこを発電タービンの設置場所として活用することを考案したという。しかし、その隙間は津波の進入路にもなるため、本来は可能な限り小さい方がよく、海水流入率や施工性、地震による地盤の変形などを考慮した最小幅の空間にタービンを設置する案についての検討を行ったという。

今回の研究ではまず、任意の潮位差や潮汐パターン、港の広さ、ゲートの設置数、タービンの設置数などから、発電量のポテンシャルや時間的変化が導き出された。天文潮位は非常に先の未来までとても正確に予測できるため、いつどの程度の発電が可能か、日時まで細かく試算でき、中長期的な経済性を港ごとに検討可能とする。

発電ポテンシャルは、地域的な分布や数などを考慮して最終的に全国56港で試算。港により差があるものの、全般的に東日本よりも西日本、日本海側よりも太平洋側のポテンシャルが高かったとのこと。そのうち、ゲートの作動を自己発電でまかなえるのは23港だった。また夜間8時間で、小潮だと500kWh以上発電できる港はないが、大潮だと1000kWhを超える港もあり、地域での停電時に貴重な電源としての活用が期待できるとしている。

  • モデル港における発電量の試算例

    モデル港における発電量の試算例(上は大潮、下は小潮のケース)(出所:東工大プレスリリースPDF)

  • 全国56の港における潮位差発電ポテンシャルの試算結果

    全国56の港における潮位差発電ポテンシャルの試算結果(左は大潮、右は小潮のケース)(出所:東工大プレスリリースPDF)

また、上述の23港のうち20港で津波などの災害リスクが高く、南海トラフ地震で2m以上の津波が予測されていたことから、今回の防潮堤はその対策の1つとして検討することもできるとした。

  • 23港における夜間8時間発電量

    23港における夜間8時間発電量(地点番号は画像4に対応)(出所:東工大プレスリリースPDF)

  • 南海トラフ地震による津波想定および自己発電型可動式防潮堤の実現性が比較的高いと判定された23港の位置図

    南海トラフ地震による津波想定(内閣府シナリオ:ケース3)および自己発電型可動式防潮堤の実現性が比較的高いと判定された23港の位置図(出所:東工大プレスリリースPDF)

研究チームは併せて、全国56港の全データの統計解析を実施。その結果、潮位振幅と港内面積が特に発電量に影響を及ぼす要素であることが判明したため、この2要素をもとに今回の防潮堤の実現性を簡易的・予備的に判定できる図も提示された。

  • 簡易判定図

    簡易判定図(出所:東工大プレスリリースPDF)

さらに、発電タービンの複数配置の場合、水車背後に生じる「後流」の振動が隣接タービンの発電出力を低下させてしまう懸念があったことから、今回はゲートの隙間の鉛直方向に複数のタービンを配置することで後流による相互干渉を防ぎ、効率的な発電が可能であることを3次元数値流体解析により明らかにしたとする。

  • 隙間の鉛直方向に複数台の発電タービンを設置した場合の3次元流体解析

    隙間の鉛直方向に複数台の発電タービンを設置した場合の3次元流体解析(出所:東工大プレスリリースPDF)

今回の提案を実現するには容易なことではないが、日本の過酷な災害条件に対応して技術を発展させられれば、日本発の「発電もできる画期的な防災技術」として、将来的には海外に輸出展開できることも期待されるという。

また日本では少子高齢により、今後も実質的に遊休状態の港が増えることが予想されている。このような既存のインフラ財産を有効活用する方策の1つとしても、可動式防潮堤による潮位差発電システムを提案していきたいとしている。