クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHRは、2023年12月3日~9日の障害者週間にあわせて、スペシャルムービー「職場に必要なのは、あなたのやさしさです?」を公開した。動画の主題は「働く環境のアクセシビリティ」だ。この動画はSNSなどで拡散され、X(旧Twitter)上ではオーガニック再生数58万回以上、リポスト(旧リツイート)数も5000弱と、大きな反響を呼んでいる。
同社が重視するアクセシビリティの在り方や動画に込めた思いを、SmartHR アクセシビリティ本部 ダイレクター/アクセシビリティスペシャリストの桝田草一氏と、同 ブランドコミュニケーション本部の中澤茉里氏に伺った。
「職場に何が必要か」を見つめ直したスペシャルムービー
スペシャルムービー「職場に必要なのは、あなたのやさしさです?」。本動画は、良い職場の在り方を啓発するようなCMの制作という設定の下、大きく分けて3つのシーンから成り立っている。前半はさまざまな障害のある人が同僚らに“手伝って”もらい、社内を移動したり、仕事をしたりする様子が映し出され、啓蒙動画として一旦完結する。続く中盤のシーンでは、前半の出演者らがその動画を見ながら「私たちってこんなにかわいそうなのかな?」と話し始める。なかなか言えないけれど、もっとこうだったらいいのに――そして後半は、前半の動画をリテイクするかたちで、障害のある人が自分でさまざまなことをできるような仕組みを実現した世界観が描かれる。全体を通じて、職場には「優しさ」だけでなく「仕組み」も必要なのではないか、と呼びかける動画だ。
アクセシビリティの課題を考える
アクセシビリティとは、利用者がサービスや製品などを支障なく利用できることや、その度合いを示す言葉だ。SmartHRがアクセシビリティを重視する理由について桝田氏は「我々のソフトウエアは、働く全ての人が使う可能性があるから」だと強調する。同社が提供するソフトウエアは企業で従業員が日常的に使うものだが、企業には外国籍の人や障害のある人、高齢の人など、多様な特性を持つ従業員が存在する。そこで導入されているソフトウエアが一部の人にとっては使いにくいとしたら、どのようなことが起こるのか。
同氏が挙げたのは、視覚障害のある同僚の例だ。その同僚がかつて在籍していた企業では、各自が給与明細を見ることができるソフトウエアを導入していたが、視覚障害のある同僚にはそれが見られなかった。そのため、人事担当者が別途、スクリーンリーダーを用いることができるExcelで給与明細を作成してくれていたという。また、年末調整のためのデータを入力することも難しかったため、こちらも人事担当者が個別にヒアリングをし、入力を“手伝って”くれていたそうだ。しかしこれでは、視覚障害のある人にとっては「自分一人でできないということの心理的負担が大きい」と桝田氏は話す。また、人事担当者もソフトウエアを使用できない人に対し、特別な対応をしたり、別のプロセスを用意したりすることになり、負担が大きい。
「我々の提供する人事労務に関連するソフトウエアは、全従業員が使えるからこそ意味があると考えています。全従業員がアクセスできることが非常に重要なのです。また、ソフトウエアが多様性に対応していないと、例えば『導入しているソフトウエアが使えない人は入社してもらわないようにしよう』といった具合に、可能性のある人を除外することにつながってしまう恐れもあります」(桝田氏)
アクセシビリティを自然に組み込める環境づくり
このような観点から、SmartHRではアクセシビリティを重視し、さまざまな取り組みを行っている。中でも桝田氏が「一番効果が出ている」と言うのが、「SmartHR Design System」というドキュメントだ。これはソフトウエアのアクセシビリティを高めるデザインの考え方から、レイアウトパターンの例、UIを向上させるためのパーツ集などで構成される。現在、同社のソフトウエアのほとんどはこのドキュメントを使用してつくられているそうだ。その効果について桝田氏は「我々アクセシビリティ本部が積極的に関わらなくても、開発チームが自然とアクセシビリティを意識できるようになってきている」と説明した。
また、SmartHRでは視覚障害や、手先に障害のある人などを雇用しており、彼らをアクセシビリティテスターとしてプロダクトテストを行っている点も特徴的だと続ける。例えば、スクリーンリーダーのテストでは、画面上のテキスト読み上げの精度や、画像を拡大したり、画面の色を反転させたりしても識字性が担保できているかなどを確認する。ここで重視しているのが、開発のスピードを落とさないようにすることだ。
「開発中のものは誰も使えません。(新しいサービスを)なるべく早く出すことで、少しでも早くそのサービスの価値を感じていただきたいのです。 “良いものをたくさん、早く出す”という、開発チームと同じマインドセットを持つことを意識しています」(桝田氏)