千葉大学は1月15日、オナジショウジョウバエ(以下、ハエ)の翅(はね)の形態を対象に、表現型可塑性の能力と発生ノイズの生じやすさとの関係性を検証し、左右が非対称性になりやすい系統ほど、環境に応じて形態を変化させる能力が高いことがわかったと発表した。
同成果は、千葉大大学院 融合理工学府の斉藤京太大学院生、スウェーデン・ルンド大学の坪井助仁博士、千葉大大学院 理学研究院の高橋佑磨准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、「Evolution Letters」に掲載された。
生物は同じ種であっても、遺伝子の突然変異(遺伝的要因)などのさまざまな要因により、その外見(体の色や形状など)、能力・機能、性格などに多様性(表現型変異)が生じる。さらに同じ遺伝子を持っていても、それらが完全に一致することはない。実際、ヒトの一卵性双生児を見ても、普通の同性の兄弟姉妹よりは容姿や性格などが似ていることが多いものの、出生直後であっても身長・体重が完全に一致することは極めて希であり、性格に至っては幼少時から違いがあることは、身近に一卵性双生児の兄弟姉妹がいる人ならよく知るところである。
このような表現型変異を生み出しているのが、非遺伝的変異だ。非遺伝的変異は2つに分類することが可能だ。1つ目は、温度や食事(餌)などの発育環境によって変化する表現型変異(表現型可塑性)で、2つ目は発育過程で生じるランダムなゆらぎ(発生ノイズ)だ。細胞分裂は本来、片側に1つずつしかない臓器に関しては別だが、基本的には左右対称に行われるものである。しかし、さまざまな要因で発生ノイズが生じてきれいに左右対称にならず、誰でもヒトの顔の造形や、身体のパーツのサイズなどに左右で違いがあることが知られている。
一方で、これらの非遺伝的変異同士の関係や、非遺伝的変異が生物の生存や進化に与える影響については、あまりわかっていないという。そこで研究チームは今回、ハエの翅形態を対象に、表現型可塑性の能力と発生ノイズの生じやすさとの関係性を検証したとする。
まず、ハエの複数の系統(千葉大キャンパス内で捕獲された後に維持されている系統)を7つの異なった環境下で飼育し、得られた成虫の翅の形態を比較することで、系統ごとの表現型可塑性の能力が評価された。一方で発生ノイズの程度は、体の左右非対称性の程度として現れることが知られていることから、今回の研究では、表現型可塑性の程度を測定した系統について、翅の左右非対称性の程度を定量化することで系統ごとの発生ノイズの生じやすさが評価された。
そして評価の結果、いずれの系統も生育環境に依存して異なった翅の形や大きさに変化するものの、その変化量(表現型可塑性の能力)は系統ごとに異なることが判明した。また、発生ノイズの生じやすさも系統間で異なることも明らかになったとのこと。表現型可塑性の能力と発生ノイズの生じやすさの関係を検証した結果、翅の形と大きさのいずれにおいても、有意な正の関係が確認できたという。
今回の研究結果について研究チームは、左右の対称性の崩れやすさが環境に応じて形態を変化させる能力(柔軟性)と関係していることを示唆しているとする。つまり左右対称性の崩れやすさは、変動環境下での生存のしやすさとも関係する可能性があるとした。
これまで、2つの非遺伝的変異(表現型可塑性と発生のゆらぎ)は、生物進化に対して影響を与えることは独立に指摘されてきたが、今回の研究により、これらの間に強い結びつきがあることを示唆していることが突き止められた。そのため今回の成果は、生物進化のプロセスの理解に貢献することが期待されるとしている。