ガートナー ジャパンは12月12日、13日に「ガートナー ITインフラストラクチャ、オペレーション&クラウド戦略コンファレンス」を開催した。12日に行われた事例講演にはダイハツ工業 DX推進室データサイエンスグループ 兼 東京LABOデータサイエンスグループ グループ長 太古無限氏が登壇。2017年から同社が取り組んできたAI活用の歩みを振り返り、その中でつかんだ“現場でAI活用を促進するコツ”について説いた。

  • ダイハツ工業 DX推進室データサイエンスグループ 兼 東京LABOデータサイエンスグループ グループ長 太古無限氏

ダイハツでAI活用が進んだワケ

ダイハツ工業は軽自動車や福祉車両などを展開する国産の自動車メーカーだ。太古氏曰く、自動車業界ではここ数年大きな変革期を迎えており、それがAIなど最新技術導入の後押しとなったのだという。

「自動車業界は“100年に一度の大変革期”だと言われています。ダイハツ工業としては、変化に気付き、追いつかなければビジネスが成り立たなくなるという危機感を覚えていました。AIの活用についても『いつか(AIを使うことが)当たり前になる』との意見が社内で上がっていたんです」(太古氏)

そこで、太古氏は「誰かに任せるのではなく、自分たちから行動する」との意識の下、有志3名からなるワーキンググループを設立した。まずは、業務においてどのようにAIが使えるかを吟味するところからスタートしたという。

3人のワーキンググループから全社規模の組織に

ワーキンググループでは、身近な事例から勉強を始め、実業務への応用へと進んだ。すると、「簡単に成果が出てしまった」(太古氏)のだという。太古氏は組織の拡大を計画したものの、社内からは「通常業務の傍らでAI実装を進めるのは、上司の反対が出てしまって動きづらい」との声も聞かれたそうだ。

ただ、太古氏は「AIはボトムアップで民主化が進む」との考えから、全社的な活動へ移行することを決意。折よく、奥平総一郎社長へ直接プレゼンをする機会を得たという。

「社長からは『いい取り組みだけど、実績がなければ周りは納得しないよ』とのアドバイスをいただきました。そこで、とにかく実績を作ることに注力したんです」(太古氏)

「データとAIの民主化」をかなえるために

太古氏が所属するデータサイエンスグループは、ダイハツ工業におけるAIの民主化を目指して動き出した。相談会の実施やワークショップなど、まずは小さなことから始めていったという。

重視したのは「仲間を増やす」ことだ。やる気があり、上司の理解が得られる社員を相談会などの社内イベントで見つけ出し、データサイエンスグループとマッチングする仕組みをつくった。ここでマインドやスキルを鍛えた社員が実績を作り、自部署で還元されれば仲間を増やせると見込んだのだ。

また、太古氏曰く、「相談会やワークショップではAIのプログラミング以上に、導入後どのように活用するかを教えた」のだという。開発面に関しては、ローコードの開発ツールを導入して、初心者でも簡単にAIを業務実装できる体制を整えていった。

並行して、人材育成にも注力。大きく「業務時間内」「業務時間外」2つのパートに分けて実施している。

業務時間内にはローコードツールを使用し、ビジネスインパクトが出せるような実績重視の支援を行った。具体的には、学習者のレベルを4段階に分けて、正しいAIの使い方を学べるようなプログラムを提供した。最高レベルである「ダイハツAI道場」では、全8回の講義で、各自が持ち寄ったビジネス課題をAI実装によって解消できるところまでを支援しているという。

一方、業務時間外には公認の社内コミュニティである「技術研究会」において「機械学習研究会議」を発足。100人ほどのメンバーを集め、よりプログラミングを重視した研究や、役職者層がG検定、E資格にチャレンジできるような支援を行った。

どれだけ早くアウトプットを出せるかがカギ

こうした活動を経て、社内からはAI活用のアイデアが集まり始め、その数は1000個を超えたという。太古氏は、この膨大な数のアイデアを「ビジネスインパクトの大きさ」や「実装にかかる時間」、「実装の難易度」などの基準でマッピングして整理した。

「実装の難易度は、データがどれほどそろっているか、部署内でのAIへの理解は進んでいるか、などを基準に設定します。(中略)ローコードで実装できるものはできるだけツールに頼り、いち早くアウトプットを出すことが大事になります」(太古氏)

ここで太古氏は、同社の工場向けに実施したAI実装プロジェクトを例に挙げた。とある工場へAIの活用を働きかけたところ、工場長から「これは工場を変えるチャンスだ。精度は最初から100%を求めるのではなく、50%でも従業員の業務を効率化できれば良い」とのリアクションを得たという。AIへの理解が深かった工場長は、工場内の意欲が高い従業員を選抜して、2カ月でAIの実装をかなえたそうだ。

太古氏は「工場間の関係性は特徴的」と語る。例えば、1つの工場がAI実装の実績を出すと、他の工場が「自分たちも負けていられない」という競争意識が働くといった具合だ。取り組み開始は後手に回っても、成果は最初に実装した工場を上回るケースも少なくないという。

こうした実績を事例共有会で共有することで、AI実装への賛同者も増えていく。また、学習プログラムが終了した後も卒業生コミュニティや困りごとを解決するチャットの場を設けて、さらなる情報交換ができるようにしているそうだ。

太古氏は「取り組みの一つ一つを見ていくと、当たり前のことをやっているだけ。それをやり続けて、地道に行動することが大事」と聴講者にアドバイスを送り、講演を締めくくった。