日本サッカー協会(以下、JFA)は12月23日、東京ドームシティ内に文化創造拠点「blue-ing!」をオープンした。オープンに先駆けて21日に行われた記者発表会・メディア内覧会には、元サッカー日本代表主将であり、現在JFA 専務理事を務める宮本恒靖氏、blue-ing! の空間監修やテクノロジー展示を手掛けた落合陽一氏が登壇したほか、サッカー男子日本代表監督の森保一氏、女子日本代表監督の池田太氏が加わったトークセッションなどが行われた。
本稿では、落合氏による内覧ツアーの様子を交え、当日の模様をダイジェストでお伝えする。
ライト層をサッカーファミリーに迎え入れるために
発表会に登壇した宮本氏は、「ライト層を取り込むことでサッカーファミリーを増やしていきたい」とblue-ing! の設立に込めた思いを語った。
「サッカーをこの国でもっと大きな存在にしたいと思う中で、現場の選手やスタッフが頑張るのはもちろん大事なことです。しかし、それだけでは目指せない高みへ向けて、サッカーファミリーの皆さまの力は必要不可欠です」(宮本氏)
宮本氏は、普段からスタジアムに通い、日常的にサッカーの情報に触れている「コア層」だけではなく、ワールドカップなどのビッグイベントのときにサッカーに興味を持つ「ライト層」がもっとサッカーに関わる機会を作っていきたいという。
その施策の一環として、blue-ing! には2023年2月に閉館した日本サッカーミュージアムの収蔵品の実物が一部展示されている。一部なのは、ミュージアムに展示されていた6万点を超える収蔵品はblue-ing! の中には収めきれないからだ。実物展示されていないものについてはデジタルアーカイブとしてblue-ing! 内で楽しむことができるようになっている。限られたスペースの中で、日本サッカーの歴史により多く触れてもらうための工夫だ。
また、館内「DISCOVERYエリア」には、生成AIやセンサーを使ったアイトラッキングなど、最新テクノロジーを盛り込んだ展示が多数設けられている。宮本氏の発表に続き、blue-ing! の空間監修やテクノロジー展示を手掛けた落合陽一氏から、テクノロジーについての詳細も明かされた。
落合陽一氏「10年経てばAIを通じてサッカーに触れていく」
落合氏は、DISCOVERYエリアへのテクノロジーの導入について「“AIと会話しながらサッカーを学んでいく世代”へ向けた取り組み」だと語る。
「昔は、テレビや『キャプテン翼』などの漫画を見てサッカーに触れてきた子どもたちが多かったでしょう。今の子どもたちは、YouTubeの動画を見ながら練習に励んでいると聞きます。あと10年経てば、AIを通じてサッカーに触れる時代が来るのではないでしょうか。生成AIに『オフサイドってどんなルール?』と聞けば、すぐに答えが返ってくるようなものです」(落合氏)
では、具体的にどのようなテクノロジーが活用されているのだろうか。
例えば、DISCOVERYエリアへ入場すると、スマホから専用の生成AIサービス「blue-ing! TALK」へのアクセスが可能になる。同サービス内では、館内で体験したコンテンツや生成AIとの会話量に応じてレベルが上がっていく仕組みとなっている。
blue-ing! 専用のデータベースを学習させており、選手のプレースタイルやプロフィールなどもblue-ing! TALKに尋ねれば教えてもらえる。知りたい情報をその場ですぐに得られるのも、生成AIを活用する醍醐味だ。
「AIやデータと交わりながら、姿や形を変えていろんなものを発見できるのがblue-ing! です。サッカーに関わる人々を増やしながら、日常の中にサッカーがある生活を皆さまに体感していただけるような施設を作りました」(落合氏)
森保監督「サッカーを知らなくても楽しめる場所」
第2部で行われたトークセッションには、宮本氏、落合氏に加えてサッカー男子日本代表監督の森保一氏、女子日本代表監督の池田太氏が登壇。4者それぞれの立場からblue-ing! について語り合った。
まず森保氏が「過去の歴史と未来の楽しみ方ができる素晴らしい場」と称賛。池田氏も「最新のテクノロジーを駆使する未来が感じられた」と施設の感想を語る。
「サッカーを詳しく知らなくても、この場に来たらめちゃくちゃ楽しいと思います。落合さんの想像力があってこそ作られるコンテンツですね」(森保氏)
続いて池田氏が「テクノロジーでサッカーに触れること自体をどのように捉えているか」と落合氏に問うと、落合氏は今後の展望を交えて次のように回答した。
「今後、デジタル上の資産としてサッカーのコンテンツを残すことで、情報をどこでも引き出せる時代が訪れると思います。(中略)blue-ing! を通じて、デザイナーやプログラマーの視点からサッカーを見る、といった“みんなが楽しめる体験”を作りたいです」(落合氏)
宮本氏も「最初は落合さんのアイデアを共有してもらっても、イメージができなかった。段々と形になって、体験してみてその良さを感じられるようになった」と感心したそうだ。
DISCOVERYエリアの内覧ツアーを写真とともに振り返る
DISCOVERYエリアには、生成AIによる映像と音楽でサッカーの未来を描き出す「DREAM THEATER」をはじめ、6つの見どころが用意されている。
記者発表会後、落合氏がDISCOVERYエリアの各展示について解説しながら館内を一周する内覧ツアーが行われた。以降ではその一部について、生粋のサッカーファンである筆者の体験記も交えながら紹介する。
自分が日本代表と同じピッチに?「DREAM THEATER」
DREAM THEATERでは、過去サッカー日本代表の試合で撮影された映像の中に、まるで自分が入り込んでいるような体験が可能になっている。来場者が設置された端末で自分の顔写真を撮影すると、画像生成AIによって映像が生成される。
数分待機すると、特大のスクリーンに日本代表チームが活躍した“あの名場面”で自分がプレーしたり、有名選手と自分が共演したりする映像が映し出される仕組みだ。
現在は5パターンほどの場面を複数アングルで体感できるそうで、落合氏は「現在はサンプルが少ないが、今後より多くの場面を体験できるように調整している」と話す。
日本サッカーの歴史をデジタルデータで復元する「DIGITAL COLLECTION」
過去の大会で使用したユニフォームや獲得したトロフィー、メダルといった記念品など、日本サッカーの歴史を物語る収蔵品たちが、デジタルアーカイブとして格納されているのがDIGITAL COLLECTIONだ。
設置された専用の端末では、かつて日本サッカーミュージアムに収められていた収蔵品の数々を3Dディスプレイで見ることができる。画像の拡大や回転も自在となっており、ユニフォームの汚れやシワ、メダルの色あせ具合なども確認できる。実物以上に拡大して見られるのも、デジタルアーカイブならではの要素だ。
W杯や五輪で実際に着用されたユニフォームなどもあり、往年の名選手が身に着けた品の数々には、デジタルとは言え圧倒される。
サッカーを“見る目”も診断できる「GALLERY」
落合氏が筑波大学と共同で行っているアイトラッキング研究では、ピッチ上の選手の視点に着目し、どのような視線移動があるかを計測している。蓄積した視線のデータをAIに学習させ、選手がどのように試合状況を理解しているかを分析、研究しているという。
これを生かしたのが、「GALLERY」で試せるアイトラッキング体験だ。1分程度のプレー動画を見るだけで、専用のカメラで視線が計測される。いつどこを見ていたかによって「アマチュア選手級」「プロ選手級」などサッカーへの理解度が判定される仕組みだ。
その他にも、日本代表の試合の名場面を複数アングルや選手の視点でプレイバックできる「VIRTUAL FIELD」や、落合氏が手掛けた彫刻「MONUMENT」など、さまざまな展示が用意されていた。。
また、DISCOVERYエリアの反対側にある「PARKエリア」は、大型ビジョンを備えた人口芝生の広場になっている。カフェが併設されており、食事やアルコールを楽しみながら休憩することも可能だ。エリア内に設けられたグッズショップでは日本代表関連グッズのほか、blue-ing! オリジナルグッズも販売されている。
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サッカーが好きな人は、従来と違った視点でサッカーを楽しむことができ、サッカーに詳しくない人にはユニークな切り口でサッカーを楽しませてくれるblue-ing! 。日本サッカーが描く未来にどれほどテクノロジーが寄与するのか、今回の体験を起点にその動向を追っていきたい。