東京大学(東大)は12月14日、量子開放系の一種である「量子衝突モデル」において、「不確定因果順序」に由来する特異な効果を発見し、同効果を活用した「量子バッテリー」の充填プロトコルを理論的に提案して、その役割と重要性を明らかにしたことを発表した。

  • 不確定因果順序で実行される量子バッテリーの充填プロセスの様子

    不確定因果順序で実行される量子バッテリーの充填プロセスの様子。古典物理学の世界では、2つのチャージャーは一方が先に実行し、その後にもう一方が実行するという因果順序でしか考えられない。一方、量子の世界では、2つの因果順序が同時に成立することが可能になる(出所:東大プレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 情報理工学系研究科のチェン・ユーフォー大学院生、同・長谷川禎彦准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

量子バッテリーは、量子もつれを利用することで全セルを同時充電し、充電速度を劇的に向上させるなどといった、エネルギー貯蔵における最先端の研究で、従来のバッテリー機能を遥かに凌ぐ性能を実現できるとして、電子デバイスや電気自動車への適用が期待されている。

とはいえ量子バッテリーにも性能の限界があり、それは量子力学による制約を受ける。ところが近年になって、従来の量子力学の枠組みを超え、事象の因果順序にも重ね合わせ原理を持ちうるという仮説が提唱されたことにより、量子バッテリーの充填プロセスにおける量子重ね合わせの実現が期待されるようになったとする。そこで研究チームは今回、不確定因果順序を導入することで、従来とは一線を画す発展があると確信し、研究を進めたという。

古典物理学の世界では「A(原因)がB(結果)を起こす」とその反対の「BがAを起こす」はどちらかしか成立しないが、不確定因果順序は、そのどちらもが同時に成立することを指す。これは、従来の量子力学での事象間の因果順序があらかじめに決定している仮定とは異なるものだ。

そして今回の研究では、量子バッテリーの充填におけるこの不確定因果順序が果たす役割が突き止められた。充填プロトコルを考える上でエネルギー転移は極めて重要な要素となる中、外部環境と相互作用し、エネルギーや情報を交換する量子開放系の一種である量子衝突モデル(量子系が「衝突」として環境とどのように相互作用するかを記述するための枠組み)を、充填装置のダイナミクスを生成するモデルとして用いるプロトコルの構築に成功したとしている。

直感的には、より多くのエネルギー転移を実現するため、より強い相互作用が必要だと考えられるが、今回の研究では、量子衝突モデルのダイナミクスの因果順序における量子の不確定性により、この直感が成立しなくなることが解明された。これにより、弱い相互作用を利用しても、強い相互作用と同様の効果を得ることを可能にする「相互作用の反転効果」が、不確定因果順序のダイナミクスで現れることが見出されたという。このことから、エネルギー転送を向上させる新たな充填プロトコルの提案が可能になったとする。

  • 相互作用の反転効果により、弱いチャージャーでも強いチャージャーに等しい効果を得ることが可能になることが明らかにされた

    相互作用の反転効果により、弱いチャージャーでも強いチャージャーに等しい効果を得ることが可能になることが明らかにされた(出所:東大プレスリリースPDF)

そして研究チームは、この現象が実際に不確定因果順序由来であることを確かめるため、2つのチャージャーに対しすべて可能な接続方式を考慮した比較分析を行い、プロトコルの性能を充填されたエネルギー量と熱効率で評価。さらに理論検証のため、量子光学実験も実施された。

なお今回用いられた量子衝突モデルを通じて、エネルギーを蓄積する粒子の初期状態における基底状態の粒子数と励起状態の粒子数が入れ替わる最終状態が、最大のエネルギーを持つことは判明済みだ。この状態は、充填の観点からは超えられない限界と考えられていて、またこの最適なプロセスが伴う熱効率にも、従来の方法では超えられない上限が存在することが知られていた。

しかし今回提案されたプロトコルは、これらの2つの限界を同時に超越することが可能で、さらに相互作用の強さや初期状態に依存しないという重要な利点を有しているとする。そして、多面的かつ詳細な実験により、これらの特性を確認することができたとした。この成果は、量子バッテリーの充填プロセスの新たな可能性を示しており、エネルギー転送の効率化に大きく貢献することが考えられ、今回のプロトコルの有効性が示されているという。

  • 量子光学実験で用いられた装置図で、不確定因果順序の充填プロトコルを実現して理論の検証が行われた

    量子光学実験で用いられた装置図で、不確定因果順序の充填プロトコルを実現して理論の検証が行われた(出所:東大プレスリリースPDF)

加えて、順列および量子的並列というほかの可能な接続方式で充填した際の性能と相互作用の依存性についての検討も行われた。するとこの2つの接続方式においては、性能が相互作用の増加と共に向上することが観察された。しかし、不確定因果順序を用いて充填した場合、この関係性は逆転したとする。この比較から、「相互作用の反転効果」という新たな物理現象が、不確定因果順序に起因することが明らかであると示すことができたとする。

今回の研究により、理論と実験の両面から、量子バッテリーの重要な結果が示された。特に相互作用の反転効果は、不確定因果順序が量子ダイナミクスに与える独特の影響を示す初の証拠となったとのこと。今後は、研究面ではこの起源を解き明かすための展開が期待されるとともに、量子バッテリーの実用化や開発に向けた技術開発が期待されるとしている。