豊橋技術科学大学(豊橋技科大)は11月22日、針状電極を用いた脳深部の活動を記録した部位を特定するための空間解像度が、従来は0.1mm(100μm)ほどだったところ、脳組織にダメージを与えない数十μmほどの小さな「目印」を付ける技術を開発したことを発表した。

同成果は、豊橋技科大 情報・知能工学専攻の及川達也大学院生、同・野村健人大学院生(研究当時)、同・原利充学院生(研究当時)、同・大学 次世代半導体・センサ科学研究所の鯉田孝和准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、脳と神経系に関する全般を扱う学術誌「eNeuro」に掲載された。

海馬や視床のような脳深部における活動を記録する研究では、針状の電極を脳に挿して、神経細胞の電気的活動を記録する方法が広く使われている。電極を挿す脳活動記録法は、fMRIや脳波測定よりも高い時空間分解能で、かつ脳深部の組織からでも記録できるというメリットがある。

しかし、針状の電極は細くて曲がりやすく、脳は圧力で容易に変形するため、電極を抜いた後にその先端が脳内のどこに位置していたかがわからなくなるという課題があった。その課題を解決するため、記録部位に目印をつけるためのさまざまなマーキング手法が開発されてきたが、その空間精度は低く、さらに脳組織を壊してしまうという大きな課題も抱えていた。そのため、従来の実験手法だと脳の微細構造は0.1mm(100μm)程度の精度でしか理解できていなかったという。

そこで研究チームは今回、電極の材料としてよく使われるタングステンの電気分解に着目し、電気分解で発生する酸化タングステンを脳内へ留置する手法の開発を試みることにしたとする。

タングステン電極は電気分解によって、プラスの電流では金属酸化物、マイナスの電流では水素の泡を発生させる。ここでプラスとマイナスの電流を早い間隔で切り替え、繰り返し流し続けると、タングステン電極の先端では酸化物の発生と、水素の泡による酸化物の剥離が起こり続け、結果として酸化物の塊が形成される。この酸化物の塊を脳内で作ることで、電極の位置を特定するための目印とするという。

今回の研究では、マウスとサルの脳を対象に、タングステン電極の先端位置で数十μm径の酸化物が生成され、脳内に留置可能であることが確かめられたとした。加えて、この目印を作るための電流と脳内に留置した酸化物が脳組織にダメージを与えないこともわかったとする。

さらに、脳内に留置した酸化物は、脳スライスの標準的な染色法(ニスル染色)で染色され、暗視野照明による顕微鏡観察によって赤く光ることから、生体細胞やノイズと明瞭に区別可能となることも発見された。これによって、マイクロスケールの小さなマーキングであっても、広い脳内から容易に見つけることができるようになったという。

研究チームでは現在、今回の技術を応用し、ニホンザル脳深部の視覚中枢である「外側膝状体(がいそくしつじょうたい)」の、微細な機能的構造を解明するための研究を進めているとした。効果的な応用例となることで、脳神経科学の基礎技術として普及することが期待されるとしている。

なお、生体内で金属の電気分解と留置を応用する加工技術は、脳動脈瘤を治療する塞栓(そくせん)コイルなどでも医療応用されており、一定の信頼が得られている。研究チームは、今回の研究で利用された微細な金属電極による計測と留置を組み合わせることで、医療に応用することも期待されるとしている。

  • 今回の技術の原理の概略

    (A)今回の技術の原理の概略。(B)生理食塩水中のタングステン電極の電気分解。黒い物体が酸化物。(C)生体へ今回の技術を適用する手順。(D)脳深部へ今回の技術を適用したマウス脳スライスの暗視野観察像。(E)(D)の黒枠部の拡大図。赤く光る物体が酸化物 (出所:豊橋技科大プレスリリースPDF)