そんな冷凍パンを事業にし、冷凍パンサブスクの先駆けとして存在するパンフォーユー。「新しいパン経済圏を作り、地域経済に貢献すること」をミッションとして掲げ、累計調達額は10億円(2023年10月時点)を達成。地域のパン屋が抱える店舗運営や販路拡大などの課題解決へのアプローチとして、独自の冷凍技術とDX(デジタルトランスフォーメーション)を掛け合わせ、国内各地のパン屋が製造したパンを全国に流通させる。
全国のパン屋と消費者をつなげるべく、toC向けのパンのサブスク「パンスク」、toB向けの社食サービス「パンフォーユー オフィス」、パンを販売したい事業者とパン屋向けのプラットフォーム「パンフォーユーBiz」など複数のプラットフォームを運営する。
独自の冷凍技術は「パンを入れる袋」と「冷凍のタイミング」が肝となり、パンを焼き立ての状態で届けることが可能に。1カ月以上ストックできるので、慌ててパンを買いに行く必要もなく、賞味期限にも余裕がある。
冷凍庫から取り出して温め直すだけで、焼き立てのパンの味わいを楽しめることが売りだ。同社の冷凍パンは焼成後に1日常温で置いたパンよりも品質が高いと実証されたデータ(日本食品分析センターによる検査)もある。
「例えば、冷凍うどん=美味しいといった認知が浸透しています。パン市場においては、パンフォーユーがそういった認知や体験を提供していきます」と話すのは、パンフォーユー 代表取締役 矢野健太さん。矢野さんに同社のこれまでとこれからについてお話を伺った。
事業撤退が転機となり新サービスが生まれた
顧客は自宅で好きなときに全国各地のパンを食べられ、パン屋は冷凍庫さえあればそれ以外の設備投資は不要で、全国の顧客に自店のパンを届けることができるサービスで、パンを食べる人・作る人・売る人の三方良しを実現するパンフォーユーだが、最初から事業がうまくいったわけではない。
創業当初に立ち上げたのは会員制オーダーメイドパン宅配サービスだった。前職時代、地元のパンメーカーが製造する冷凍パンの美味しさに感銘を受けたのがきっかけだ。当時(2016年前後)食領域でトレンドになっていたオーダーメイド形式に着想を得て「パーソナライズ」と「冷凍パン」を掛け合わせた。
クラウドファンディングは成功し、初月はまずまずな売り上げを記録するも、リピーター獲得に苦戦したこともあり、サービスは開始5カ月で撤退することに。そのとき、提携していたパン工場の冷凍庫には在庫の冷凍パンが200個ほど残っていた。自信を持って作ったパンを誰かに食べてもらいたいがどうしようか…と考えた末、知人の顔が思い浮かんだ。
「このパンを美味しいと評価してくれた◯◯さんの会社へ送ったら喜ばれるのではないか」。事前に伝えないまま、200個すべて発送した。受け取った知人からは突然200個は多すぎてびっくりするよと注意されたが、ターニングポイントはその直後に訪れる。「(送ってくれたパンが)10分でなくなった。会社のメンバー皆、大喜びだったよ」と追加の連絡が来たのだった。
この一件が契機となって、2018年10月に産声を上げたのが、冷凍パンの福利厚生サービス、パンフォーユー オフィスだ。毎回選りすぐりのパンがオフィスに8種類届く(一度につき納品可能なパンは最大約160個)。スタートアップから大手企業まで、現在約300社(2023年1月時点)の企業が利用している。
「パートナー」の提携先パン屋を増やしたい
先のエピソードはいわゆる「谷」に該当するものだが、「山」にあたるエポックメイキングな出来事もあった。2020年8月、同社初となる実店舗を運営したことだった。全国からパンを集め、冷凍パン専門店「パンフォーユー カジワラ」として東京都北区・梶原商店街に1ヵ月限定でオープン。
創業から3年半経ち、北は北海道から南は九州まで(当時)、全国各地のパン屋からパンの仕入れが可能になり、体制が徐々に整い始めたころだ。パンフォーユーとして今後の事業の広がりが見えるようになった時期だと矢野さんは振り返る。
同社の事業のカギを握るのは提携する地域のパン屋である。いかにして全国の多様なバッググラウンドを持つ、年代もさまざまなパン職人に冷凍パンを理解してもらい、パートナーになってもらったのか。
立ち上げ期は知人伝いでパン屋にアプローチしていたが、その後は直接訪問、メールや電話からの連絡と、営業方法を変遷させ、提携するパン屋の数を増やしていった。2021年には個人向け冷凍パンのサブスクであるパンスクの顧客数が急激に増えたこともあり、提携数をより充実させることが急務となった。
そのころから、パン屋を訪問するスタイルへと営業方法を切り替えた。冷凍パンについて理解を持っているパン屋は当時少数派で、冷凍パンのさらなる認知向上、啓蒙を強化する必要があったのだ。それには対面で技術や想いを伝えるやり方が適していた。
2022年6月以降も良い流れが起きた。同年6月、第三者割当増資により、シリーズB総額約6億円の資金調達を実施した際、引受先の1社である日清製粉に協力してもらえることになったのだ。全国にいる同社営業担当の力を借りながら、同社とつながりのあるパン屋を訪問し、提携交渉を進めていった。その後は需給バランスを考慮しながら、提携先を増やす努力を続けている。
パンの「柔軟性」は不確実な時代に合う
変化のスピードが速く、不確実性が高く、将来予測が困難な「VUCAの時代」と言われる昨今。世界経済の低迷や高インフレ、政治情勢不安など、多様な不安定要因があふれ、多くの企業は厳しい戦いの舞台に立っている。
あらゆる企業が、読めない未来に対して備えなければならない、といった難題を突き付けられているが、矢野さんは「パンという商材は不確実な時代に強い」と話す。
「当日作るパンの種類や大きさ、量などを状況に応じて変えられる--。言い換えると、さまざまなリスクに対して商材を自在に変えられるところは、他業種と比較しても柔軟性が高いといえるのではないでしょうか。また、パンをお求めになるお客さまのニーズも多様なため、少量多品種生産がしやすく、冷凍技術を味方につければ、より在庫を抱えにくい点もパンの強みの1つです」(矢野さん、以下同)
そんな中、パンスクが成長を続けている。パンのサブスクサービスは多々あるが、パンスクは現在約4万人(2023年9月時点)の顧客を持ち、顧客による自発的なSNS発信も多い。他との差別化ポイントはコンセプトである「おいしいパンを、旅しよう」にある。顧客の住む場所からできるだけ離れたところにあるパン屋のパンが送られてくる仕様になっている。
「お客さまには美味しい冷凍パンをお送りするだけではなく、旅先で初めて訪れるパン屋さんのドアを開けるようなワクワク感、自分では選ばないようなパンに出会うドキドキ感を提供するよう努めています。パンスクは情緒的価値、定期的に届く・ストックできるといったような機能的価値を順に感じていただけるサービス設計にしていますが、双方の価値を評価いただいているようです」
取材中、矢野さんのこの言葉が印象的だった。「パン好きな方に向けたサービスや利便性を優位にした冷凍パンのサブスクにすれば、パンスクは今とはまったく別のサービスになっていたと思います」。
パンフォーユーの根幹にあるのは、地域のパン屋への思いであり、各パン職人が持続可能なパン作りを行えるようにする未来を切り拓くことである。
単に美味しい冷凍パンを届けるビジネスではない。パン屋の思いや労働環境を考慮した事業を行い、ミッションである「新しいパン経済圏を作り、地域経済に貢献する」に辿り着こうとしている過程が伺える一コマだった。
顧客の行動を見て、三方良しのサービス作りを
現在は事業が好調なパンフォーユーだが、課題もある。特に前出のパンスクは、顧客の男女比率では女性が7割以上を占め、子育て世代からアクティブシニアまでの層が厚いことが特徴だ。今後さらなる事業成長を実現するには、それ以外のまだ取りきれていない層を取り込む必要がある。
男性や若年層、シニア層など、アプローチできる先は多岐に渡る。パンをパン屋ではなくコンビニで買う人、冷凍パンに良いイメージを持っていない人なども対象になるだろう。
「毎月ランダムなパン屋さんのパンが届くといった購入体験を楽しんでくださるお客さまもいますが、そうではないお客さまもいると思います。既存のお客さまからも『このパンだけが欲しい』『気に入った店舗のパンをリピートしたい』といった特定のパンを求めるお声はいただいています。今後はランダムでの展開という形にこだわらず、そういったご要望も踏まえた形で提供する方法を考えています。すべてのパンを未知のパンで構成する必要はない、とも。具体的にはパン屋さんやパンの内容を事前にお知らせする。そういった試みも必要になってくると思います」
顧客の声や言葉とともに、顧客の行動にも十分に目を向けた上で対応を決めている。購入し続けている、サービスをやめるなど1つ1つの行動と言葉はリンクしている。なぜ、そのメッセージが発せられたのか、行動をもとに紐解くと見えるものがあるのだ。
採用も変わってきた。これまでの事業を0→1にするフェーズでは、パン好きやパンにこだわりのあるメンバーが集まり、パンフォーユー独自の世界観が生まれていた。しかし最近では事業の1→10を経験したメンバーが加わり、潜在層獲得にも力を入れ始めた。
そのためのドッグフィーディング(自社製品やサービスを従業員が日常的に利用し、改善に役立てること)としてパンスクの全額補助と、2021年に日本初となる全国の加盟パン屋で使用できる「全国パン共通券」を配布するほか、現場を知るためのパン屋での研修なども行っている。
パートナーであるパン屋に対しては、パンフォーユーを通じた売上支援はもちろんだが、パン作りに集中できる環境を整えるサポートもより充実させていく。「地域に美味しいパン屋がある、というのは、その町に関わる人々がその町を愛し続けられる一つの要素になり得る」と矢野さんは笑顔で語る。この先も全国のパン屋とつながり、独自冷凍技術とDXの力で彼らを支援し続け、まだ見ぬ経済圏を作っていく。