日本電信電話(以下、NTT)は11月14日~17日に、研究開発の結果を展示する「NTT R&D FORUM 2023 - IOWN ACCELERATION」をNTT武蔵野研究開発センタ(東京都 武蔵野市)で開催中だ。今回の主な見どころは、やはり3月に商用化した「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」と、11月に発表されたNTT版のLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)「tsuzumi」だろう。
本稿では同イベントに先立ち開催されたプレスデー(メディア向けの先行公開)の中から、代表取締役社長 島田明氏による基調講演についてお届けしたい。
IOWNとtsuzumiでNTTが解決する3つの社会課題
講演の冒頭、島田氏は現代の日本が抱える課題として、「労働力不足」「環境・エネルギー問題」「高齢化 / 医療費の増大とウェルビーイングの追求」の3つを挙げた。NTTはこれらの課題に対し、IOWNとtsuzumiによって解決を試みる方針だ。
同社はIOWN 1.0として、従来の通信と比較して約200分の1程度の低遅延を実現するAPN(All-Photonics Network)技術を商用サービス化し、提供を開始している。さらに将来的には、電力効率100倍、伝送容量125倍を掲げ、効率的な通信の実現を目指す。
IOWN 1.0の現在はネットワーク向けの小型デバイスが実用化されており、IOWN 2.0ではボードの接続を光化、IOWN 3.0ではチップ間を光化する予定。なお、IOWN 2.0の実用化は2025年、IOWN 3.0は2028年以降を見込んでる。
IOWN 2.0ではコンピューティング領域へと光技術が入り込む。xPUやメモリ間を電気ではなく光で接続することで、超低消費電力を実現する。光エンジンは現在商用化に向けて試験中だとしている。IOWN2.0では従来技術と比較して、電力効率は約8倍向上する。
NTT版LLMであるtsuzumiは、既に小誌でもお伝えしているように小型かつ軽量で高いコストパフォーマンスを特徴とする。GPT-3相当のLLMと比較すると学習コストは約25分の1、利用時の推論コストは約20分の1だ。
これらの技術を用いてNTTが解決したいという3つの課題と、その具体例は以下の通り。
課題1:労働力不足への対応
労働力不足に対して特にIOWNの効果が期待されるのは、技術者の高齢化や人手不足が顕著な建設業界。同社はEARTHBRAINや、ジザイエ、竹中工務店らと協力し、効率的で安全な工事を実現するための実証実験を実施した。実証では建設機械をIOWN APNと接続し、遠隔地から操作可能な環境を構築。
また、同社が11月13日に発表したように、ソニーと連携してリモートプロダクションの推進にもIOWN技術を用いている。従来は各地のスタジアムなどでのイベント時に、大掛かりな制作スペースや機材、中継車などが必要であったが、各スタジアムと放送局をIOWN APNで接続することで、機材費や運用費を抑えながらコンテンツのリモートプロダクションが可能になるとのことだ。
東京海上日動火災保険(以下、東京海上日動)とは、tsuzumiを用いてコンタクトセンターの生産性向上を目指す取り組みに着手している。東京海上日動の事故対応部門は1万人を超えるオペレーターが所属し、電話などで損害サポートを行っているが、通話終了後に必要な情報を要約しシステムに入力する作業に年間約80万時間を要していたそうだ。この業務に音声マイニング技術とtsuzumiを適用し対応内容の要約を効率化することで、約50%の稼働削減を見込んでいる。
地域の公共交通機関でも人手不足は深刻化の一途をたどっている。そこで、NTTはアメリカの自動運転システムベンダー「May Mobility」に出資し、同社の自動運転ソリューションの日本国内での独占販売権を取得した。今後は交通面で課題を持つ自治体などと協力しながら、コミュニティバスの運営などに着手する予定。
課題2:環境・エネルギー問題への対応
現代はデータドリブン社会の到来に伴って、日々多くのデータが生産されている。その一方でデータを処理するための電力やエネルギーも増加し、2030年までにデータセンターの消費電力は日本で約6倍、世界では約13倍増加するとの試算もある。今後ますますデータセンターの需要は高まるだろう。
こうした状況に対しNTTはIOWN APNを使った分散型データセンターによって解決を試みるという。実際に、同社はtsuzumiの学習段階において、三鷹の研究所にGPUを置きながら約100キロメートル離れた横須賀に学習データを置いてAPNで接続し、仮想的なデータセンターを構築している。その結果、ローカル環境での学習とそん色ない低遅延な学習環境を実現できたそうだ。
同社はOracleとの連携においても、APNを活用した分散型データセンターを実現している。これは、OracleクラウドとNTTグループのデータセンターをAPNで接続し、データを手元に置きながら必要なデータのみをクラウド上へ連携し分析するという実証だ。実証の結果、低遅延でリアルタイムにデータを連携しながら分析できることを確認したという。
海外でもデータセンター間の接続にAPNを用いる実証を準備中だ。現在はアメリカとイギリスで進行しているこの実証だが、成功すれば約100キロメートル離れたデータセンターをあたかも1つのデータセンターであるかのように利用できるようになるとのことだ。実証は今年度中に完了予定で、以降はアジアなどへも展開する。
課題3:高齢化 / 医療費増大への対応 ウェルビーイングの追求
tsuzumiは医療分野での活躍も期待できる。現在の医療現場においては、電子カルテの導入が進んでいるものの、その書き方は病院や医師によって異なるため、内容の分析と有効な活用が困難とされている。これに対しtsuzumiを用いることで、異なる記述であっても内容を読解し共通フォーマットに構造化できるという。
電子カルテの内容を構造化し分析が進めば、各個人に適した最適な治療である「プレシジョンメディシン」の実現にもつながり、ひいては医療費の抑制も見込める。また、投薬の効果や副作用も効率的に可視化できるようになるため、医薬品開発の期間短縮や費用の削減にも貢献できる。
講演の最後に「当社は人と地球のために挑む」と会場に向かってメッセージを述べ、島田氏はステージを後にした。