大和ハウス工業社長・芳井敬一「世の中の困り事に対して『やってみよう』という力、DNAを大事にしていきたい」

「困っている人達を見てどうするかという姿勢は、大きいものがあると思います」と話す芳井氏。日本では多くの街が高齢化、空き家問題で悩んでいる。大和ハウス工業では、かつて自らが開発し、今は高齢化した住宅団地の再生などを手掛けている。「これは大きな社会課題だし、我々の責任が問われている」と芳井氏。住宅以外にも商業店舗、物流施設など、人々の生活に欠かせない事業への取り組み方とは─。

高齢化で悩む街の再生を

 ─ 大和ハウス工業は創業者の石橋信夫さんの時代から、事業を通じて世の中の困り事、社会課題の解決に取り組んできた歴史がありますね。今後の方向性を聞かせて下さい。

 芳井 社会課題を解決していくということの中には、例えば再生可能エネルギーへの取り組みもそうですし、高齢社会への対応もそうです。こうした様々な課題に対して、当社グループは取り組めていると思うんです。

 いろいろな問題があったとしても、皆さんが困っておられることに対して「やってみよう」という力、考えが弊社グループにあると感じます。そのDNAを大事にしていきたい。困っている人達を見てどうするかという姿勢は、私は大きいものだと思っています。

 ─ 例えば今、大和ハウス工業が過去に開発した郊外型住宅団地「ネオポリス」を再生する「リブネスタウンプロジェクト」に取り組んでいますが、これも高齢化に絡みますね。

 芳井 そうですね。私達がつくってきた街が今、高齢化に悩み、困っています。例えば政府も対応に苦慮している「空き家問題」もありますが、実際に行くと本当に廃墟化した家が残っている。そのままにしておくと、街の人気がどんどんなくなり、廃墟が増えてしまう。

 そうした街に対して、つくった者の責任として対応する。それと共に新しい人達が住みたい街に変えていく。これは大きな社会課題ですし、私達の責任が問われていると思うんです。

 ─ 手応えは出てきていますか。

 芳井 どこか切り口を切ると、「ここはうまくいっているね」ということはあります。ただ、全体的に言うとまだまだです。これまで「リブネスタウンプロジェクト」は8カ所に取り組んできて、今年2カ所増やしました。この最初に手掛けた8カ所に関して言うと、手応えのあるところが多くなってきたんです。

 1つは街の仕組みづくりについて、具体的な動きが出てきたことで、行政が乗り出してきたことです。国土交通省による「住宅団地再生」連絡会議にも当社は参加しているんです。

 ─ 団地再生に向けて、社員からの提案も増えていますか。

 芳井 昨年、団地再生に向けたアイデアを募集する「ネオポリス再耕アイデアコンテスト」を開催しました。グループ全体からアイデアを募り、最優秀賞に選ばれたアイデアを事業化していくという狙いを持ったコンテストですが、百数十件の応募がありました。最優秀賞のアイデアについては、今後実証していく予定です。

 アイデアのレベルは高く「再生可能エネルギーの街にする」、「スポーツコミュニティをつくる」といった様々なアイデアが出てきました。

日本、アメリカの住宅事業をどう見るか?

 ─ 住宅事業についてお聞きします。国内と海外で色合いが違うと思いますが、国内の状況は?

 芳井 国内は厳しいですね。特に今、国土交通省から「こどもエコすまい事業」の補助金が出ていて、この補助が若い人達に人気です。

 7月28日に209億円が増額され、1709億円となりましたが、9月14日時点で申請額が95%に達しています。国はあるものを全て集めるなど努力してくれました。ただ、それも含めて消化されている。

 昨年の「こどもみらい住宅支援事業」は3月から申請が開始されましたが、11月28日で打ち切りになってしまいました。申請できなかったお客様からは「不平等じゃないか」という声も出ていましたが、その後「こどもエコすまい事業」が始まったという形です。政府は「切れ目のない支援」ということで、補正予算で前倒ししてくれたのです。

 ただ、昨年が11月末で打ち切りのところ、今年は9月中にも全て消化される可能性がありますから、今年の残りの期間、お客様にどう訴求するかを考えると住宅業界としては厳しい。

 ─ 国の支援にも限界があるということですね。

 芳井 ええ。また税制の話で言えば、住宅ローン減税の限度額が変わります。「長期優良住宅」の借入限度額が5000万円だったものが4500万円になるのです。

 今、皆さんが借りておられる住宅ローンの平均値は、各社によって違いますが、住宅メーカーで見ると5000万円近いんです。そうすると、4500万円を超えた部分はローン減税の対象にならなくなってくる。こういう事例が増えると、住宅販売の足が止まるのではないかという不安はあります。

 ─ 2023年7月の金融政策決定会合で日本銀行はYCC(長短金利操作)の柔軟化を決定しました。金利動向は住宅の動きを左右しますが、今後の見通しは?

 芳井 短期金利は今後、上がってくると見ています。ただ、変動金利はそれほど変えてこないのではないかと。住宅ローンを借りておられる方々の多くが変動金利ですから、ここは触らないのではないでしょうか。長期金利については、長い目で見ると上がっていくでしょうね。

 ─ 時間軸はあるにせよ、金利はつく方向に向かうと。

 芳井 それがだんだんと常態化してくる。一方で今年、各社が努力して賃上げをしました。この効果は当然、今年は出てきません。来年、再来年くらいに徐々に物価が落ち着いてくると可処分所得が見えてきます。

 今はエネルギー情勢の先行きが不透明で、多くの方がガソリン価格の動向に神経を尖らせていますが、わからないことだらけです。

 そうした状況に備えて、皆さん「予備費」をつくり、それが「箪笥預金」になり、なかなか出てこないわけです。

 ─ その意味で来年の賃上げが試練になりますね。

 芳井 ええ。我々で言うと昨年が3.5%、今年は4%上げています。来年どうするかは当然業績次第ということにはなりますが、期待には応えたいと思っています。

 ─ 一方でアメリカの住宅事情はどうですか。

 芳井 アメリカは、昨年は厳しい状況でしたが、今年に入って様変わりして売れ行き好調ですね。やはりアメリカ経済は強い。それと仕組み上、住宅が100売買されるとしたら新築は2割程度で、残りは既存住宅が動くんです。

 今、新築がよくて既存市場が動いていないのですが、それには金利が絡んでいます。多くのアメリカ国民は元々金利3~4%で新築住宅を買ったのですが、今買い換えてしまうと6~7%になってしまいますから、既存住宅市場にモノが出てこないんです。ですから新築に走っているのですが、今の新築戸数は異例です。この戸数がどう動いていくかは注視していきたいと思います。

創業100周年の売上高 10兆円を目指して

 ─ 創業100周年の2055年に売上高10兆円という目標を掲げていますが、現状はどうですか。

 芳井 22年度から26年度までの第7次中期経営計画では、売上高5兆5000億円まで行く見通しです。

 1年目で約4兆4300億円から4兆9000億円くらいまで伸ばしていますから、実態として「大和ハウスは目標を達成するだろうな」という目線で皆さんに映ったのではないかと思います。

 中計期間中の5年間に1兆1000億円伸ばす計画で、年割で言うと2200億円ですが、そのほぼ倍を1年間で伸ばしているわけです。

 ─ コロナ期間中にも関わらず業績を伸ばしたと。

 芳井 しんどかったですよ。中でもホテル事業は厳しい状況になりましたし。それもあり、リゾート事業を手掛けていた子会社の大和リゾートを売却することにしたのです。今後はお客様がリゾートホテルを建てられる時に建築を請け負うという形での関わりになり、我々が経営することはありません。

 ─ 商業店舗も事業の柱ですが、この動向は?

 芳井 コロナ禍が一段落して、テナントさんの入れ換えが出ています。コロナ禍で伸びた企業は、ここからもう1回伸ばしていこうとしている一方、残念ながら縮小した企業もあり、強弱がついたマーケットになっているんです。

 このマーケットの中で、残念ながら商業施設を継続するのが難しくなったという先に、我々が入っていくことで再生を図ることができる可能性がありますし、そこをスクラップしてしまって業態を変えるというチャンスもあります。

 ─ 首都圏と地方との地域差はありますか。

 芳井 東京都内などは少し待てば復活すると思いますが、地方はなかなかそうはいきません。撤退すると人が帰ってこなくなりますし、放っておけば老朽化して見栄えの悪い建物になってしまう。そうしたものの再生を、ぜひ我々に手掛けさせてもらいたいというフィールドになってきていると思います。

 ─ 地方自治体からの依頼もある?

 芳井 様々なご依頼を受けています。私達はほぼ日本中に支店を置いていますから、そこを通じて、日々いろいろなお話をいただきます。先程お話した「リブネスタウン」では「再耕」というテーマを掲げていますが、こうした言葉が地方の方々に響いているようです。

 実はアメリカにもようやく商業施設で進出しています。大きくはありませんが、2つの商業施設をテストとして取り組んでいるところです。

「本社で働きたい」ある社員の質問に…

 ─ 物流施設も、非常に大きな柱になっていますね。

 芳井 引き続き、物流という軸は今後も伸びると見ています。いつまで伸びるかは計り知れません。特に「2024年問題」が出てきた時に、国土交通省、厚生労働省を始め、どう動かれるのか。

 そうした動きを見ながら、我々が世の中に提供できるもの、提供できる場所、それに私達が社業として取り組むことというのは、大いにチャンスがあると思っています。

 ─ ところで芳井さん自身も大和ハウス工業には中途入社していますが、今も中途入社を積極的に行っていますか。

 芳井 はい。積極的と言いますか、常に中途採用しています。会社に合う、合わないはあると思いますが、見ていると合う人の方が多いようです。合わない人は「こんなに忙しいとは」という方が多い(笑)。

 ただ、仕事は厳しいかもしれませんが、この会社で、例えば営業を経験すれば、我々は絶対に他社でも通用すると見ています。大和ハウス工業の営業は「無」から「有」を生もうとする仕事で、単なるセールスではないんです。

 先日、ある支店の2年目の社員からの質問を受けました。その人は地方の支店に所属していますが、「支店ではなく、大阪や東京の本社で自分は頑張りたいんです」と書いてありました。

 ─ どのように返答をしたんですか。

 芳井 私の答えとしては、本社で働きたいという考え方もなきにしもあらずだと。でも、地方の良さは仕事を1から10まで自分でやることです。1から10までの仕事は、決して本社で覚えることはできません。

 本社では、ある意味で「パーツ」になり、他の工程をやってくれる人達がいます。それはそれで貴重な仕事ですが、全てを自分でやることで仕事の流れを知れば、他のどこに行っても差配ができるようになると答えたんです。

 ─ いい話ですね。芳井さんが社員を育てる上で大事にしていることは?

 芳井 基本的なことですが、話を聞くことです。そのために質問しやすい雰囲気に持っていっておかないといけないと心がけています。たくさんの支店に足を運んで質疑応答をやっていますが、いかに質問しやすくするか、そして答えをわかりやすく伝えること、これを意識しています。