KDDIは10月23日から25日まで、KDDI総合研究所の研究プロジェクトを展示するイベント「KDDI総合研究所 R&D成果公開2023」を東京都内で開催中だ。このイベントは主に顧客や取引先、パートナー企業らを会場に招いて研究成果を公開する。イベントに先立ちメディア向けに展示内容が公開されたので、その一部を紹介したい。

展示するソリューションのテーマは、特にAPN(All-Photonics Network:オールフォトニクスネットワーク)とデジタルツインだ。これは、大容量のデータを低遅延かつ低消費電力で伝送できるネットワークをAPNで実装し、その上にデジタルツインを構築してリアルタイムなフィードバックを実現するという同社の方針を示しているそうだ。

同社によると、特に重要なのは、サイバー空間にデジタルツインを構築することよりもむしろ、デジタルツインによりシミュレーションした結果をフィジカル空間(実空間)にフィードバックする技術とのことだ。

次世代の社会基盤を担うフォトニクス技術

KDDIはAPN技術について、「社会基盤」としての実装を進めている。同社のみではなく、業界全体での取り組みとする方針としている。これまでも基幹ネットワークを中心に大容量化に取り組んできたが、今後はさらに低消費電力化を進めるとともに、固定網からモバイル網へ、さらには宇宙への拡張を目指す。これと同時に、AIなどを使いながらセキュリティと信頼性の向上にも取り組む。

大容量化の具体的な研究成果としては、従来の光ファイバーと同程度の太さで12コアの光ファイバーの実現に成功した。250マイクロメートルのファイバーに12個の独立したコアを高密度に配置し、広帯域なO帯光ファイバー増幅器を組み合わせたことで、伝送帯域幅115.2テラヘルツの超広帯域伝送実験に成功している。これは従来のC帯に比べて、約24倍に相当するそうだ。

  • 12コアの光ファイバー

    12コアの光ファイバー

省電力化を実現するための研究成果としては、O帯での光伝送技術が展示されていた。現在国内で標準的に使われているC帯またはL帯とは異なるO帯を使用する技術だ。O帯は長距離の伝送に弱く雑音の影響を受けやすい特徴を持つため、これまでなかなか活用されてこなかったそうだ。

そこで同社は、データセンター間や基地局周りの比較的短距離の伝送にO帯を用いるためのシステムを開発した。検証の結果、C帯およびL帯に必要な合波器や分波器が不要となることが明らかになり、省スペースで消費電力を抑えた運用が可能であると示されたとのことだ。

  • O帯を活用した伝送

    O帯を活用した伝送

同社は宇宙空間を利用した大容量光通信にも注力している。フォトニック結晶レーザ(PCSEL)を光衛星通信に利用することで、衛星の小型化と軽量化に貢献する。従来の方式と比較すると出力を増幅するアンプが不要となり、小型化に成功している。

  • 宇宙を活用したネットワークも見据えている

    宇宙を活用したネットワークも見据えている

生活者視点で生かすデジタルツイン技術

デジタルツイン基盤を下支えするために、同社はコンピューティング基盤の強化を図る。センサーが安価で小型になったことで、多くのデータを容易に取得できるようになっている。そこで、膨大なデータの処理基盤を強化することを狙っている。

ChatGPTをはじめとする生成AIが代表的だが、既存のAIは多量のデータと多量のコンピューティングリソースを活用して構築されている。その一方で、現実的にはコンピューティングのリソースが限られていたり、データには欠損や遅延が含まれていたりと、多くの課題もある。

これに対し、同社は複数のデバイスをつなぎ、処理を切り分けた上で、各デバイスが得意とする処理にタスクを振り分けて省電力化を実現するような技術を開発中だ。

  • デジタルツインを支えるコンピューティング

    デジタルツインを支えるコンピューティング

デジタルツイン基盤を構築する段階においては、点群データ技術を用いてフィジカル空間のデータ化を高度化する。これは、特にKDDIグループが強みとする圧縮伝送の技術を応用して、センサーで取得した三次元点群データの品質を維持しながら伝送する仕組み。

  • 点群データを活用する例

    点群データを活用する例

途切れないモバイル通信網を支えるのは、セルフリー技術だ。これは、従来の基地局を中心としたセルラーネットワークとは異なり、端末の位置に合わせて通信エリアを動的にリアルタイムに構築する技術である。従来のセルラー通信はエリアの境界で通信速度が落ちてしまう課題があったが、セルフリー技術によりこうした課題の解消が期待できる。

なお、大規模に動的な通信エリアを構築する技術を実現するためには、無線信号の処理量が膨大になるという新しい課題も出てくる。そのため、分散した端末単位の無線信号処理とその計算リソースマネジメント技術も合わせて開発を進める。

  • セルフリー技術の概要

    セルフリー技術の概要

デジタルツイン基盤の利用例としては、ヘルスケア領域も挙げられる。近年ではスマートフォンアプリなどが薬事承認を受けて疾患の治療のために処方される例も見られており、デジタルツイン型のデータ収集分析基盤の実現を目指すとのことだ。

現在のところ薬事承認を受けているのはニコチン依存症、高血圧症、不眠症のみではあるが、今後はさらに広い疾患への展開も見込まれる。同社はスマホ依存症やゲーム依存症などから研究開発に着手し、将来的にはうつ病などの精神疾患にも応用していく方針。

  • デジタルツインによる医療へのアプローチ

    デジタルツインによる医療へのアプローチ

デジタルツインを用いたフィードバック制御について、今回のイベントで驚くべき技術を体験できる。それは、卓球のラケットに取り付け可能な力触覚提示技術のデバイスによって、ラケットがボールを勝手に打ち返してくれるというもの。

人物の位置や姿勢、相手コートから打ち出されたボールの位置および回転をカメラで撮影し、ラケットやプレイヤーの動きをデジタルツイン上でシミュレートし、リアルタイムに解析してデバイスにフィードバックする流れだ。その結果、適切な力加減とラケットの向きが調整され、相手コートにボールを打ち返せる。

  • デモで使用した卓球台

    デモで使用した卓球台

  • ボールの動きを捉えるカメラ

    ボールの動きを捉えるカメラ

筆者も実際に力触覚提示技術を体験してみたが、最初こそ勝手に動くラケットに戸惑ったものの、慣れてしまえばラケットの動きに身を任せるだけで面白いように相手コートに打ち返せるようになった。温泉卓球くらいしか経験のない筆者にとっては、連続で相手のコートに打ち返せたのは人生で初めてだったかもしれない。

技術的には、カメラで感知したデータを解析して数ミリ秒以内にラケットに装着したデバイスに送るという仕組みだ。ボールを打ち返すための最適な位置とスイングのタイミング、そしてスイングの速度をサーバ上でリアルタイムに解析している。

ラケットに取り付けるデバイスはジャイロ機構を応用しており、高速に回転するモーターの力でラケットの向きを操作する。

  • デバイスを取り付けたラケット

    デバイスを取り付けたラケット

将来的にはテニスやゴルフといった他のスポーツや、音楽や書道などの領域でも、人それぞれに合わせたコツを伝えるための技術としての展開が見込めるという。言語化しにくい力加減や感覚的な動きを小型デバイスで再現し、プレイヤーの上達を促す。さらには高齢者や障害のある人の生活支援などにも生かすとのことだ。

  • デジタルツインを活用してスポーツが上達する未来が垣間見えた

    デジタルツインを活用してスポーツが上達する未来が垣間見えた