ワーク・ライフバランス社 代表取締役社長の小室淑恵氏は、これまで3000社以上の企業の支援に携わり、働き方の改革を行うことでコロナ禍であっても業績をアップさせてきた。そんな同氏は「2019年から施行されている働き方改革関連法で、初めて労働時間に上限が設定されたことは歓迎すべきだが、これではまだ十分ではない」と話す。
9月5日~8日に開催された「TECH+ EXPO 2023 Sep. for HYBRID WORK 場所と時間とつながりの最適解」に小室氏が登壇。男性の育児休暇の取得推進や残業時間の削減など、具体的な施策とその効果を紹介しながら、業績を向上させるための働き方改革について語った。
人口ボーナス期は終わり、人口オーナス期に入っている日本
講演冒頭で小室氏は、人口ボーナス期と人口オーナス期という考え方を紹介した。
これはハーバード大学のデービッド・ブルーム教授が提唱した考え方で、人口ボーナス期では人口に占める生産年齢比率が高くなり、その人口構造が経済にプラスになる。
安い労働力を武器に世界中の仕事を受注でき、高齢者が少なく社会保障費がかさまないため、インフラ投資が進んでいく。こうした仕組みから、人口ボーナス期は爆発的な経済発展を誘発しやすい。しかしいったんボーナス期が終わると今度は人口オーナス期に移行し、ボーナス期は訪れにくいという。
人口オーナス期とは、高齢者が増加した人口構造になり、それが経済の重荷になる時期だ。労働人口が減少するため、働く世代が引退世代を支える社会保障制度が維持しにくくなってしまう。
「それだけ聞くと、主要国の中で最も早く少子高齢化した日本の経済はもう終わりかと思ってしまいますが、そんなことはありません」(小室氏)
人口オーナス期に必要なのは、少子化対策と女性活用の徹底
人口オーナス期に経済成長をするためには、現在の労働力と未来の労働力の確保を徹底する必要がある。現在の労働力を確保するには、生産年齢人口の中で労働に参加できていない人材をどれだけ参加させられるかが重要だ。
これについて「日本ほど伸びしろがある国はない」と小室氏は言う。その理由を同氏は、女性の労働リソースをまだフル活用できていないことを挙げる。日本の女性の健康度と教育度は世界トップクラスで、「そのリソースの活用を推進すべき」だと強調した。
「素晴らしい資源が埋まっていることが分かっているのに、あえてその大地を開拓しに行かないようなものなのです」(小室氏)
また、女性の労働力も含めた“未来の労働力”を確保するには、真に有効な少子化対策をすることも必要だ。小室氏は、夫婦やパートナーの双方が働ける環境をつくり、そのうえで社会のサポートを受けながら2人以上の子どもを持てるようにしなければならないと述べ、そのために必要なのが、労働時間の削減だと話した。
小室氏によると、第2子、第3子を産みやすい環境は、長時間労働の是正によって、つくりやすくなるという。同氏は、厚生労働省が同じ夫婦を11年間追跡調査したところ、第1子が産まれたときに夫が家事育児に参画する時間が短いほど、第2子が産まれておらず、逆に、休日に夫が6時間以上家事や育児に参画している家庭の87パーセントで第2子以降が産まれているという調査結果を示した。
「男性は育児に必要な存在です。特に、産後うつのピークである2週間から1カ月の期間に一緒に育児する必要があります。それがなければ孤独な育児が女性のトラウマになってしまいます。この不安な時期に、誰かと気持ちをシェアしながら育児ができると良いでしょう。男性が育児休業を取得することで、女性と子ども、2人の命を救えるのです」(小室氏)
2022年の法改正で、従業員に育休を取るかどうかを企業側から個別に打診しなければならないことになった。これに伴ってさらに多くの企業が育休の推進に取り組むようになり、ワーク・ライフバランス社が実施している父親学級に参加する企業も増えてきたという。小室氏は、育休に消極的な人が多いのは、産後うつのことや給付金の存在などを知らないためであるとし、「父親学級のような取り組みで知識を得てほしい」と語った。
睡眠を重視することが経営戦略になる
人口ボーナス期と人口オーナス期では、企業の“勝てる”働き方のルールも変わってくるという。
ボーナス期は、パワーが必要な業種が隆盛しやすく、男性の労働力を増やすことが成果につながりやすい。さらに、時間も成果に直結しやすいため、長時間働くことが推奨された。また、同じ条件の労働者を揃えて忠誠心を高め、一律管理する手法も有効的な時代だった。
一方、労働力に限りがあり、人材の奪い合いが起きるオーナス期には、男女ともになるべく短時間で働くことが重要になる。時間が限られることからオーナス期にはミスなく高い質のアウトプットをすることも必要だ。そのために重要なポイントとして小室氏が挙げたのは、睡眠時間だ。ストレスを解消し集中力を保って仕事をするためには睡眠が重要であることはよく知られている。小室氏は、平均睡眠時間が長い企業ほど利益率が高く2年後もその傾向が続くという調査結果や、平均睡眠時間とGDPが相関しているというデータ、睡眠不足の上司ほど侮辱的な言葉を使うといったデータもあると説明した。
また、勤務間インターバルを確保することが従業員満足度を高め、離職率を下げることが分かっている。企業の施策と従業員満足度や離職率の関係を調べたところ、基本給や賞与のアップはそれほど効果がなく、最も効果的だったのは勤務間インターバル制度の導入だったと同氏は続けた。
心理的安全性を担保するマネジメントで生産性を向上
成果を出すためのマネジメント手法も、ボーナス期とオーナス期では変わってくる。従来の組織のマネジメントは、一部の24時間型人材に思い切り仕事をしてもらい、メンバーを比較して競わせ、叱咤して大量生産に長けたチームをつくっていた。
しかし現在は、育児や介護による時短勤務の人材や、再就職をした人材、シニア時短勤務の人材もいる。多様な背景を持つ人材のモチベーションを上げ、一定のアウトプットを生み出すために重要なのは、仕事を属人化させないことだ。
従来の組織のように、常に走り続けている24時間型人材が全ての情報を抱え込んでいると、その他の多様なタイプの人への情報共有が滞り、成果は出にくい。
「一人の屈強なプレイヤーが最後まで走り切るのではなく、パス回しで点を取れるような職場にならないといけません」(小室氏)
リーダーは情報を抱え込まず、自己の弱みもさらけ出して情報が上がってきやすくすることが重要だ。さらに積極的に情報を共有するメンバーを高く評価することも大切である。その理由を「自由に提案ができるような心理的安全性が高い組織ほど、生産性が高いチームになるため」だと小室氏は語った。
では、マネジメント側が職場の心理的安全性を担保するためにはどうすれば良いか。まず、在宅でも職場でも自律的に働けるチームになるように、対面に頼らない情報共有とコミュニケーションを仕組化すること、そして事情により休むメンバーを助け合えるよう、仕事を属人化させないことが必要になる。
また若手は、自身が成長できないと感じると離職につながってしまう可能性が高まる。そこでマネジメント側が、若手がどう成長したかを短い期間の単位でフィードバックし、期待することや求めるスキルについては10年などの長期間の単位で的確に伝えていくことも重要だ。小室氏は、こうしたことを実現させるために、管理職のリスキリングとして心理的安全性マネジメント研修を受けることを薦めた。
最後に小室氏は、「人口ボーナスの山は沈みつつある。勇気を持って人口オーナス山に飛び移り、勝てる組織と充実した人生をつくっていきましょう」と語り、講演を締めくくった。