慶応義塾大学(慶応大学)理工学部・理工学研究科では、学生向けに長期インターンシッププログラムを提供している。同プログラムでは、春休みや夏休みの期間を利用して企業で4週間~10週間以上の就業経験を積むことができ、所定の要件・手続きを満たせば単位申請も可能だ。
2022年度の同プログラムには24人の学生が参加し、製造業やIT、コンサルティングなど13社の企業がインターンに協力した。協力企業には外資企業もあり、そのうちの1社がServiceNowで、同社のインターンシッププログラムには慶應大学から7人の学生が参加した。
学生にとって身近とは言えない、エンタープライズ向けのクラウドサービスを提供する企業をインターンシップ先に選んだ理由や、アプリ開発などから得た経験について、同大学 理工学部 情報工学科 2年の髙木裕輔さんと、同大学 理工学研究科 修士1年の高輪朔己さんに話を聞いた。
「仕事で役に立つこと」を学ぶために学部1年で参加
2023年2月から始まったServiceNowのインターンシッププログラムは、ワークショップと企業インターンで構成されている。学生は2月から7月にかけて、全12回のオンラインラーニングでIT/DX(デジタルトランスフォーメーション)、アプリ開発などの基礎知識と、ServiceNowが提供するNow Platformの基本的な操作方法などを学び、8月に3日間のワークショップでアプリ開発を体験。その後、ServiceNowのパートナー企業などで約1週間のインターンを行った。なお、同プログラムには今回、広島大学の学生も参加した。
髙木さんは、大学からインターンシッププログラムの案内があった当初、まだ1年生だったが、「仕事で役に立つことを学びたい」という意欲から参加を決めた。
小学生の頃に遊んだマインクラフトや、高校の授業などでコードやプログラミングに触れていたこともあり、髙木さんはITへの関心が高かった。そのため、2年進級時の学科分けでは、機械学習、画像処理、コンピューターグラフィックスなどITに関連した科目が多数ある情報工学科を選択した。
ServiceNowのインターンシッププログラムに参加した理由について髙木さんは、「学部生でも参加できる企業は複数あったが、企業の説明を聞いてもまったく理解できず、最初は『今の自分が参加するのは厳しいな』と感じました。でも、ServiceNowのインターンシップ説明では、『プログラミングの知識がなくても大丈夫』という説明がされ、参加へのハードルが下がりました。また、ノーコード・ローコードでのアプリ開発というものの想像がつかなったので、体験してみたいと思い、参加しました」と説明してくれた。
オンラインラーニングでは、スライド資料に沿って講義やハンズオン形式の演習が行われた。内容が高度になるにつれて、演習ではつまずくこともあったそうだが、3~4人ずつでチームに分かれて取り組み、わからないところは相談し、サポートし合って乗り越えたそうだ。
演習で印象的だったことを聞くと、髙木さんは「関連する項目をドット(.)で区切って表記して情報を抽出する『ドット連結』という機能が印象的でした。機能の内容は理解できるし、マウスで必要な箇所をクリックして開発を進めるから作業自体は難しくないのですが、自分がやりたいことをどの機能で実現できるのかわからなくなることもありました。そんな時も、『ちょっといいですか?』とZOOMで問いかけるとチームメンバーが反応してくれたり、サポートしてくれたりして嬉しかったです」と答えてくれた。
トップダウンの問題解決アプローチを現場で体験したい
高輪さんは現在、研究室に所属して光の精密計測に関する基礎研究を行っている。学部生の頃は理工学部の物理学科に所属しており、大学では物理の基礎を学んできた。
「インターンシップには視野を広げるために参加しました。大学では4年以上、個人の興味・発想に基づいて、知識や実験結果を基礎から積み上げて成果を出すボトムアップで研究を続けてきました。一方、ニーズや課題とそのために作りたいものが先にあって、必要な分を最小限のリソースで作っていくトップダウンな取り組みをしてこなかったので、そうしたアプローチを知識だけでなく、企業の現場で実践を通じて体験してみたいと思いました」と高輪さんはインターンシップ参加の動機を明かしてくれた。
職場での実地研修からインターンを開始する企業が多かった中で、IT用語や基本的な機能の説明などに時間を割くカリキュラムだったため、高輪さんはServiceNowのインターンシッププログラムを選んだそうだ。ひと通りのラーニングを終えて、実務に沿ったシチュエーションでアプリ開発も体験できたため、企業の現場の課題などを間接的に知ることができたという。
「講師の方が実際の開発作業のデモをしてくれたので、どういう順番で操作すればいいのかわかりやすかったです。けれど、機能がたくさんあったので、初期に学んだことを忘れてしまうこともあり、逐一振り返っていました」(高輪さん)
高輪さんの中で印象的だった演習はユーザー権限の付与だ。アプリの利用者ごとに、アクセス権限や画面の操作範囲などを細かく設定するわけだが、「操作自体はわかりやすかったけど、どの人にどのような権限を付与すべきなのか判断が難しく、適切な権限とはどのようなものか考えさせられた」とのことだ。
「空き教室」の予約アプリを2日間で開発
2023年8月7日~9日にかけて行われたアプリ開発のワークショップで、髙木さんと高輪さんは広島大学の学生2名とチームを組み、「Reserve Meeting Room」というアプリをNowPlatform上に開発した。
同アプリは、教室の空き状況や備品の有無を効率的に確認し、予約・キャンセルを自動化することを目的としたもので、「空き教室を探すのに廊下を歩き回るのが面倒くさい」といった大学生活でのちょっとした不便さから着想を得たそうだ。
「教室の空き状況がわかれば、廊下を歩いて空いている教室を探す手間も省けるし、利用申請までアプリ上で完結することで施設管理者の作業負担を軽減できるのではないかと、チームでアプリのアイデアを出し合いました」と髙木さん。
同アプリでは、1週間の中から利用したい日時を選択して教室の予約申請を進めていく。用意された教室は15部屋あり、部屋ごとに充電器・スクリーン・マイクなどの備品の有無も確認できる。また、ダブルブッキングを避けるために予約時点で利用可能な教室のみが表示される仕様としている。
予約申請が受理されると、申請者本人と利用者として登録した人に予約完了やリマインドのメール通知がアプリで自動的に実行される。このほか予約状況の自動更新や、予約申請者へのキャンセル受理の自動通知機能も実装されているため、施設管理者が空き教室の状況を更新したり、予約申請者に連絡を取ったりする必要はない。
3日間のワークショップのうち、最終日は開発したアプリを披露するプレゼンの準備や発表会があったため、開発に充てられた期間は実質2日だったそうだ。ServiceNowから出された条件は「グループで協力して作る」だけだったので、髙木さんや高輪さんたちは開発の役割分担やスケジュールなどをチームで話し合い決めていった。
「開発を進めながら、その時々で作業を分担していました。私は教室の一覧などの用意しなければいけないデータの体裁を整えるほか、機能の詳細を詰めていくことを主に担当しました。いろいろな機能を実装して、自分の開発環境で動作する様子を確認するたびに達成感を得られました。同時に、限られた時間とリソースで何かを作るのは大変だと実感しました。アイデアを取捨選択しながら時間ギリギリまで粘るなど、バランスを取るのが難しかったです」と高輪さん。
他方で、髙木さんは予約申請者と施設管理者のユーザー権限の定義や設定を担当した。このほか、予約日時の選択をカレンダー形式でもできるようにアイデアを出して、同機能の開発から実装も担当した。
髙木さんは、「大学に入学してから、個人的にプログラミングによるWebアプリ開発の勉強をしているのですが、今回のインターンシップで『ノーコード開発ってすごいな。作業そのものは簡単なのにアプリを開発できるのか』と驚きました。トレーニングを含めて半年程度の経験しかない4人で、通常のプログラミングで開発を進めたとしても、今回のアプリと同等のクオリティを実現するのは難しかったと思います。Ruby、html、CSSとどれもコード記述のルールが異なっていて、それぞれを覚えるのは結構大変なので、直観的に開発できるのはありがたいです」と感想を述べた。
ワークショップ参加チームがアプリを紹介し合うプレゼンでは、ServiceNowの社員が講評を務めた。髙木さん、高輪さんたちのチームは、「誰がどういう要望でアプリを使い、どのような需要と供給があるのか」といった、ユーザー体験に目を向ける重要性を指摘されたという。
「具体例として、予約のドタキャンや、器物破損があった際の対応などを挙げてもらいました。自分たちでは気付かなかった視点だったので勉強になりました」(髙木さん)
一方、高輪さんは他のチームの発表から学びが得られたそうだ。「学習内容でわからないことをチャット形式で教え合うアプリを開発したチームがあったのですが、勉強にチャットを使うという発想がなかったので印象的でした」と高輪さんは話してくれた。
システム開発企業のインターンで得られた学びとは
2023年8月~9月8日にかけて、2人はシステム開発企業でインターンを経験し、ビルの入退館管理アプリの開発に携わった。趣味やワークショップでの開発と異なり、企業の実務で行った開発ではどんな点が印象的だったのだろうか?
髙木さんは、「開発を始める前にある程度の時間をかけて必要な機能や画面、テーブルを定義し、アプリの全体像を明らかにするウォーターフォール開発を体験しました。『人日」や『OOTB(Out-of-the-Box)』などの専門用語の意味を知れたほか、開発業務に携わる方からアドバイスを受けてデバッグを経験するなど、将来に活かせる学びが得られました」と振り返った。
高輪さんは「開発に着手する前の要件定義が特に印象的でした。どのような要望があり、それに対してどのような指針で開発するか、必要なものは何かといったことを丁寧に言語化し整理していく過程は、さまざまな立場の人が関わる実務において重要だと感じ、学ぶことが多かったです」と語った。
企業に対して「怖い」「上下関係が厳しそう」というイメージを抱いていた髙木さんだが、インターンシッププログラムを通じて、そうしたメージが払しょくできたという。ServiceNowの社員がZOOMで打ち解けてコミュニケーションを取っていた様子を見て、現在は外資企業にも興味が出てきたそうだ。
「最近ではChatGPTを始めとしたAI分野が注目されていることもあり、ITに対応できる人材になりたいという思いが強まりました」と髙木さんは率直な気持ちを話してくれた。
将来、博士課程に進み研究を深めるのか、それとも就職するのか。現時点で、高輪さんは答えを出していない。だが、インターンシップを通じて基礎研究とは異なるアプローチに触れ、社会のニーズとソリューションが生み出される現場を体験した。
「これまで、私は自分の興味・関心を優先して進路を選択してきたのですが、インターンで経験したことを踏まえて、これからは社会で必要とされることに目を向けて、研究だけでなく働くことについても具体的に考えていきたいです」と高輪さんは語ってくれた。