台風やゲリラ豪雨、地震など、日本は常に自然災害のリスクと隣り合わせにある。「備えあれば憂いなし」の故事成語にあるように、日ごろから災害に対して備える必要があることは言うまでもないだろう。

ソフトバンクは8月17日、同社が進める防災DXに関する勉強会を開催した。同社では、自治体や対象地域のエリアマネジメント団体との連携によって独自のプラットフォームを開発・提供。その地域の状況や課題に合わせた防災インフラの構築を支援している。

本稿では、すでに社会実装されている福島県会津若松市、東京都港区竹芝エリアにおける防災DXの取り組みについて詳しく紹介する。

ソフトバンクが考える自治体のDX、その現在地は

勉強会の前半にはソフトバンク 法人事業統括 デジタルトランスフォーメーション本部 会津若松デジタルトランスフォーメーションセンター センター長 馬越孝氏が登壇。

同本部では、2017年の設立以来、社会課題の解決とデジタル産業の創出を目的として多くの取り組みを社会実装してきた。これを踏まえ、馬越氏は日本企業や自治体のデジタル化についてこう語る。

「大手のメガクラウドに依存してしまったり、データがばらばらに収集されていたりしています。特に自治体は、民間企業と比べて新たなICT導入が遅れることがあり、さらに個別最適化を生んでしまっているのです」(馬越氏)

  • ソフトバンクが考える「日本でDXが進まない理由」

そこでソフトバンクでは、住民と自治体が一緒にデータを参照できるプラットフォームの構築を官民連携で進めている。各地域によってDXの形は異なる中、いち早く社会実装をかなえたのが福島県会津若松市と、東京都港区竹芝エリアというわけだ。

  • ソフトバンク 法人事業統括 デジタルトランスフォーメーション本部 会津若松デジタルトランスフォーメーションセンター センター長 馬越孝氏

“誰も取り残さない”デジタル防災をかなえた会津若松市

福島県会津若松市は観光都市として知られる一方、住民の高齢化率は上昇の一途をたどっており、高齢化社会へと突入している。同市とソフトバンクは、「防災と福祉の協働」をスローガンにさまざまな施策を日々実施しているそうだ。

同社スタッフが現地に直接赴いて住民との対話を重ねるうちに、「地域のリソースと協調したデジタルインフラでなければ導入をしても意味がない」ということが判明したという。そこで同社は、地域コミュニティの中でデータを共有し、住民と自治体が連動できる仕組み作りを進めていった。

その一つが、中学校の体育祭などのイベントの際、動画を共有できる仕組みだ。高齢者にとって「孫の体育祭を動画で見られる」のは便利だろう。こうした“日常に根差したタッチポイント”を設けることで、高齢者でもデータに触れやすい機会を創出しているのである。

アプリを活用した「防災の最適化」

このような機会創出への取り組みと並行して実施する防災対策では、高齢化社会かつ観光都市であることに焦点を当てた。ここで活用されているのが、会津若松市が提供する地域情報ポータルサイト「会津若松+」である。同サイトでは、街のイベント情報などライフシーンに関わるニュースを配信している。ソフトバンクはアクセンチュアと共同で、位置情報を活用した防災サービス「デジタル防災」を開発し、 「会津若松+」で利用できるようにした。

例えば有事の際には、現在地に近い避難場所を提示し、地図へハザードマップを表示する。土地勘のある住民だけではなく、スポットで訪れた来街者でも適切な防災行動がとれるように支援する仕組みだ。また、要介護者など何らかのサポートを必要とする住民の情報も登録できたり、防災用品のチェックリストを登録、参照できたりと、平時から防災への備えを進められるのも特徴の一つとなっている。

  • 会津若松+内「デジタル防災」の画面

管理側の自治体も、緊急時にスマートフォンアプリ上でも避難指示などのアラートを伝え、要介護者や危険なエリアの詳細な情報などを確認できる。

こうしたデジタル防災の導入・運用にあたり、ソフトバンクは会津若松市で定期的なフィールドテストと避難訓練を行っているという。「やってこなかったことを無理やりやるのではなくて、手が付けられるところの最適化を進めている」と語る馬越氏からは、住民のニーズや実生活に合わせた仕組みづくりを重視していることがうかがえた。

竹芝エリアでは積極的なICT導入で都市型防災網を構築

続いて、ソフトバンク デジタルトランスフォーメーション本部 スマートシティ事業統括部 スマートシティ事業推進1部 部長の関治氏から東京都港区竹芝エリアでの取り組みが紹介された。

同エリアでは、2020年1月から東急不動産と一緒にスマートシティ化を進めている。ソフトバンクは、都市の再開発における構想設計の段階から自治体などステークホルダーとの連携を進め、最適なデジタルインフラの提供を目指しているという。

実際、竹芝エリアでは街のデータを収集、分析してリアルタイムで活用できる仕組みをすでに2年間運用している。センサーを竹芝エリアのビル内約1400カ所に設置し、街区にも防犯カメラやAIカメラを展開。ランドマーク20カ所にも同様の設備を配置することで、人流解析などから地域・施設の情報をリアルタイムに取得する。

このように、ソフトバンクでは「もしもの時に、全ての人が正しい行動を取れる」をコンセプトに防災対策を進めている。だが、取り組みの中で2つの課題が顕在化したという。

・住民や来街者の課題
→普段から防災情報を収集している人が多くないため、有事に最適な行動が取れないこと
・エリアの管理者側の課題
→一つ一つの情報を整理してから関係部署に共有することで、判断スピードが低下してしまうこと

上記の課題に対して、ソフトバンクでは「街中の防災データを統合したプラットフォームを作れば、それぞれのプレーヤーが正しく迅速な行動が取れるのではないか」という仮説の下、デジタル施策を実行した。

まず、住民には「いかに身近に情報を届けることができるか」を重視した取り組みを実施。LINEアプリでプッシュ的に情報発信を行えるようにした。関氏曰く「いくらコンテンツを準備しても、見てもらえなくては意味がない」と、身近なタッチポイントに情報を届けることを最優先にしたという。

また、SNSに投稿されている画像をAIで解析し、位置情報と紐付いた情報収集をすることも可能にした。その場所が今どのような状況になっているかをリアルタイムで確認し、さらに自治体へ情報共有することもできる。

  • 竹芝エリアで実装されているデジタル活用例。スマートフォンではLINEで防災情報が取得でき、エリアの情報はダッシュボードにて管理できる

自治体向けには、街の情報や住民への情報発信を一元管理できるプラットフォームを開発。地域の防災情報を統合したダッシュボードや、住民から寄せられた情報が確認できる一元マップの管理などが主な機能だ。各種SNSへの一括情報配信など、業務効率化を目指した機能も実装されている。

「令和4年度国交省スマートシティ実装化支援事業」の一環として、2022年に竹芝エリアにて防災DXの効果検証を実施。プラットフォームの開発が功を奏し、住民は適切な避難情報を取得した上で、国が定める防災ガイドライン通りの対応を75%実行できた。一方自治体では、防災業務の時間のうち、56%の削減に成功したという。

関氏は、この取り組みの実施においてエリアマネジメント団体の貢献が欠かせなかったと語る。

「自治体だけ、我々民間企業だけでは、防災の取り組みを街に普及させることは簡単ではありません。間に入ったエリアマネジメント団体の方々が街のステークホルダーに対して説明してくれたことで、この取り組みが実現しました」(関氏)

  • ソフトバンク デジタルトランスフォーメーション本部 スマートシティ事業統括部 スマートシティ事業推進1部 部長の関治氏

今後は他地域への横展開を目指す

ソフトバンクでは、会津若松市での取り組みをきっかけに、今後は福島県全体での標準化を目指していくとのこと。「デジタルに集中投資できる地域もあれば、喫緊の課題として災害からの復旧が優先される地域もある」と馬越氏は現状を語ったが、竹芝のような都市型の施策も標準化に向けて参考になるという。

竹芝での取り組みを今後別の都市へも展開すべく、話が進んでいる。すでに導入が決まっている自治体もあるそうだ。関氏は「ほかの自治体にも横展開して、よりいろいろなデータを連携できるようにしていきたい」と展望を語った。