兵庫医科大学は7月28日、呼吸中枢を操作して呼吸パターンをさまざまに変えると、記憶力が強化されたり、記憶の形成が妨げられて記憶力が低下したり、あるいは間違った形で記憶が作られてしまうことを発見したと発表した。

同成果は、兵庫医科大 医学部 生理学生体機能部門の中村望助教に加え、生理学研究所の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

呼吸は生命維持において必須であり、その制御は無意識下に行われているのと同時に、意識的にも行える二重支配の仕組みとなっている。覚醒下における呼吸の役割について、その詳細は明らかになっていないが、近年、課題などを行っている最中の脳の状態(脳のオンライン状態と呼ばれる)において呼吸は重要な役割を果たすことが示唆されているという。

  • 呼吸活動(特に吸息活動)が、記憶形成のトリガー(スタートボタン)の役割を果たす

    呼吸活動(特に吸息活動)が、記憶形成のトリガー(スタートボタン)の役割を果たす(出所:兵庫医科大Webサイト)

これまでの研究により研究チームが明らかにしたのが、ヒトの呼吸、特に息を吸う瞬間が課題を取り組んでいる途中で入り込むと、集中力・注意力を司る脳活動の低下とともに記憶力が低下するというものだ。これは、息を吸う瞬間が脳の情報処理のリセットに関与しており、課題遂行の途中で入り込むと情報処理がうまくいかなくなることが考えられるとする。そこで今回の研究では、マウスを用いて呼吸活動を直接コントロールすることで、記憶力に直接関わる記憶形成そのものに変化が生まれるのか、また記憶力を自在に操ることができるのかについて調べることにしたという。

まず、遺伝子改変したマウスを用いて呼吸を数秒間停止できるかどうかに関する実験が行われ、オプトジェネティクス技術を用いて遺伝子改変マウスの延髄にある呼吸中枢に光を照射したところ、強制的に呼吸をコントロールできることが判明したとする。

次に、マウスを対象にした記憶課題が実施され、記憶する瞬間に呼吸を停止させることが試みられると、記憶力が低下するだけでなくその神経基盤である海馬ニューロン活動においても変化が観察されるという驚異的な結果が示されたという。さらに、呼吸の頻度をほとんど変えずに呼吸の周期性をランダムにした結果、記憶力が強化され、呼吸の頻度を強制的に半分に減らした場合は記憶が間違った形で作られてしまうことも解明されたとした。

これにより呼吸活動は、記憶を形成する「トリガーの役割」を担い、このトリガーがないと記憶が形成されないことが明らかになったとする。また、呼吸リズムやタイミングが適切でないと、記憶や思考などある一定の単位ごとのまとまりを作ることがうまくいかなくなり、その結果、記憶力の低下につながる可能性が示唆されたとした。

研究チームは今回の研究成果により、呼吸は別の上位中枢機能である情動(感情に関連する反応)や日々の生活におけるメンタルヘルスにも関与することが考えられるとしている。今後、呼吸によるストレス緩和や精神疾患対策などの効果を解明していくことで、あらゆる人々のQOLの向上に貢献することが期待されるとした。