弁護士ドットコムは7月26日、都内で事業戦略メディア説明会を開催した。弁護士ドットコム 代表取締役兼CEOの元榮太一郎氏と、同 執行役員 クラウドサイン事業本部副部長の小林誉幸氏が説明に立った。

日本中がクラウドサインを利用する状況へ

まず、小林氏がクラウドサインの成長戦略を紹介した。クラウドサインは事業署名型の電子契約サービスとして提供開始したが、2001~2015年は電子契約が普及しない時代ではあったものの、競合他社も同様のサービスを提供していた。

同氏は「当時は事業者署名型に対する漠然として不安などもあり、政府と協力して賃貸契約のIT重税社会実験に参加するなどの活動に取り組んだ。その後、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い政府による『押印についてのQ&A』の公表、続けて『2条Q&A』と『3条Q&A』が公表されたことでハードルが下がり、電子署名は普及が急速に進んだ」と振り返った。

  • 弁護士ドットコム 執行役員 クラウドサイン事業本部副部長の小林誉幸氏

    弁護士ドットコム 執行役員 クラウドサイン事業本部副部長の小林誉幸氏

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が発出されて以降、クラウドサインの売上高は右肩上がりで、電子契約市場におけるシェアはトップとなり、市場では盤石の地位を築いているという。単に市場シェアや売上高だけでなく、競合優位性を保てている理由として小林氏は、さまざまな業種や政府公共機関などに導入されている点を挙げる。

  • クラウドサインの売上高推移

    クラウドサインの売上高推移

同氏は「競合優位性の際立った特徴として契約という性質上、自社だけでなく相手があってこそ契約は完結するため、双方が同じ電子契約を使わなければ成立しない。そのため、大手企業や地方自治体がクラウドサインを利用すれば必然的に取引先も利用することから、クラウドサインが普及している」と説明した。

従来から同社は大手企業を重視しており、一環として2019年に三井住友フィナンシャルグループとクラウドサインの販売代理を行うSMBCクラウドサインを設立し、同社経由で地方銀行への導入を進め、全国の中堅・中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を後押ししている。小林氏は「従来はベンチャー企業や大企業、自治体が中心だったが、今後は全国の中堅・中小企業への導入も加速させ、日本中がクラウドサインを利用する状況を目指す」と意気込みを語っていた。

  • クラウドサインを全国の中堅・中小企業への導入も加速させるという

    クラウドサインを全国の中堅・中小企業への導入も加速させるという

クラウドサイン事業で2つの新サービス

こうした取り組みに加え、さらなる成長を目指すため7月21日にクラウドサインにおけるAIレビュー支援サービス「クラウドサイン レビュー」と、同26日に「マイナンバーカード署名」機能を発表した。

マイナンバーカード署名機能は、従来からの事業者署名型電子契約に加え、当事者署名型電子契約を提供するというものだ。クラウドサイン上で文書を作成・送信後、契約の受信者はマイナンバーカードをスマートフォンにかざし(非接触)、パスワード入力することでその文書へ電子署名を付与することができる。

ユースケースとしては、高額な商品の売買契約や賃貸借契約、金銭消費貸借契約など、より確実な本人確認を行っている契約や商慣習上実印を利用している契約での利用を見込んでいる。

  • マイナンバーカード署名機能の概要

    マイナンバーカード署名機能の概要

一方、クラウドサイン レビューは高いレビュー精度を有するリセと資本業務提携し、弁護士ドットコムが持つ250万社以上のユーザー、累計送信件数1500万件超の基盤をベースにAIによる契約書の自動レビューを支援するというもの。

契約書ファイルをアップロードし、自社の立場を選択すると、AIが即座に不利な条項や抜けている条項を指摘し、欠落条項や要注意条項、解説などを自動表示。専門弁護士が作成した解説や自社に有利な条文サンプルも表示されるため、高度な専門知識がなくても、レビューの工数を削減できるという。

契約業務のフローに沿った契約ライフサイクルマネジメント(CLM)のビジネスモデルで契約締結、契約管理に次ぐ3つ目の軸として、そのほかサービスと相互連携を図る。

  • クラウドサイン レビューの概要

    クラウドサイン レビューの概要

小林氏は「AIレビューについては後発となるが、クラウドサインの顧客基盤と弁護士ドットコムの弁護士利用者に対するそれぞれのネットワークを相互送客し、市場を拡大できると考えている。すでに提供している契約締結、契約管理を合わせ、SaaS(Software as a Service)の複層化でARPPU(Average Revenue per Paid User)の向上を目指すとともに、各プロダクト間のシナジーで顧客開拓を加速していく」と力を込めていた。

  • クラウドサイン レビューは後発ではあるものの市場拡大を図る

    クラウドサイン レビューは後発ではあるものの市場拡大を図る

弁護士ドットコムが掲げる「リーガルブレイン構想」とは

続いて元榮氏が登壇し、AI×リーガル事業戦略について説明した。まず「みんなの法律相談、チャット法律相談を開始してからの悲願」と、同氏が言及したものが5月に試験提供を開始した、Microsoft AzureのAIサービス「Azure OpenAI Service」のGPT-4ベースに開発した日本語版のAI法律相談チャットサービス「弁護士ドットコムチャット法律相談」だ。

  • 弁護士ドットコム 代表取締役兼CEOの元榮太一郎氏

    弁護士ドットコム 代表取締役兼CEOの元榮太一郎氏

同サービスは誰でも24時間、気軽に無料で相談でき、法律相談の中でも上位の相談数を占める男女問題(離婚、浮気、金銭トラブルなど)からスタートしており、今後は交通事故、相続、労働問題などのカテゴリを順次追加するとともに、ユースケースを蓄積していく。

  • 元榮氏が悲願とも述べた「弁護士ドットコムチャット法律相談」は5月にリリースした

    元榮氏が悲願とも述べた「弁護士ドットコムチャット法律相談」は5月にリリースした

一方で、元榮氏は「弁護士ドットコムチャット法律相談は当社が掲げる『リーガルブレイン構想』のパーツの一部だ。リーガルブレイン構想は法律特化の独自LLM(大規模言語モデル)であり、当社の歴史の中で蓄積したオンリーワンのリーガル情報を活かすもの」と話す。同構想は、あらゆるリーガル情報を学習させた、リーガル領域に特化したバーティカルLLMを実現していく中長期ビジョンとなる。

  • リーガルブレイン構想

    リーガルブレイン構想

弁護士DB(データベース)、契約DB、裁判官DB、法律相談QA、法律書籍DBなどで構成した独自のリーガルDBを軸とし、同構想を加速させるために、7月26日に弁護士向け実務サービス「Copilot for lawyers」のロードマップを公開し、その第1弾として生成AIを活用した弁護士向けリサーチ支援サービスのα版を今秋から提供開始することを発表した。

元榮氏によると、弁護士DBは国内4万5000人のうち2万3000人の登録があり、契約DBはクラウドサインの250万ユーザー、1500万件の契約データ、裁判官DBは2万3000人の弁護士が提供した和解や判例の傾向などの口コミデータ、法律書籍DBは弁護士ドットコムライブラリーなどで構成。今後、残る2つのDBを順次公開していく方針だ。

付加価値の向上を優先し、その後にマネタイズを検討

今後のCopilot for lawyersにおけるロードマップとしては、既存データベースの活用・整理と、新規データベースの獲得を推進しつつ、今年12月にはリサーチ支援に関する第2弾プロダクトを公開し、付加価値の向上を目指す。

  • Copilot for lawyersのロードマップ

    Copilot for lawyersのロードマップ

加えて、2024年3月には第3弾としてドキュメンテーション支援のプロダクトを公開し、これまでの実務にかかる工数を削減するサービスの提供を開始。これらの開発・運営とともに、企業法務の実務における検証も行い、事業拡大に向けた検討も進めていく。

  • 企業向けプロフェッショナルサービスの提供も計画

    企業向けプロフェッショナルサービスの提供も計画

そして、最後にリーガルブレインの成長サイクルとして、同氏は「弁護士業務や弁護士ドットコムのサービスで得られた情報を各DBに集約し、リーガルDBに情報をナレッジ化する。ナレッジ化した情報をリーガルブレインに投入して精度を向上させ、リサーチ精度の向上やドキュメント作成支援などで2万3000人の弁護士にフィードバックする、というサイクルを回していけたらと考えている」との見解を示していた。

  • リーガルブレインの成長サイクル

    リーガルブレインの成長サイクル

元榮氏は「チャット法律相談に加え、弁護士ユーザーと企業ユーザーに対して、リーガルブレイン構想で裏打ちされたAIプロダクトを提供していく。まずは、付加価値の向上を優先し、その後はマネタイズを検討していく」と強調していた。