ガートナージャパンは6月13日~14日、年次カンファレンス「ガートナー アプリケーション・イノベーション&ビジネス・ソリューション サミット」を開催した。さまざまな業界からITリーダーが集結した同カンファレンスでは、ガートナーのエキスパートをはじめ有識者らによる講演が多数行われた。その中から本稿では、大日本印刷 情報イノベーション事業部ICTセンター システムプラットフォーム開発本部DX推進部 部長で主席技術員の和田剛氏による事例講演「アジャイルが組織とマインドを変える~DNPの挑戦」の内容をレポートする。

  • 大日本印刷 情報イノベーション事業部ICTセンター システムプラットフォーム開発本部DX推進部 部長/主席技術員の和田剛氏

全社一丸で取り組む事業推進と基盤強化

大日本印刷(以下、DNP)は、今年創業147年を迎える老舗企業だ。社名から印刷業を想像する人が多いかもしれないが、実際はデジタルインタフェース関連、半導体関連、コンテンツ・XRコミュニケーション関連など多様な事業を手掛けており、「(これらは)ウェルビーイングを実現するための展開」だと和田氏は言う。

そんな同社は「オールDNP」という名の下に、全社が一体となった事業の推進と基盤の強化を掲げている。これは、ゼロイチでスピーディーに事業を展開することと、デジタル化による新しい価値創造が目的だ。同氏はこの点について、「システムの整備も重要だが、それを使う人材の育成に重きを置いた活動をしている」と自社の方針を説明した。

4つの着眼点でアジャイルを推進

ではDNPはなぜ、アジャイルに取り組むのか。和田氏が挙げたのが、同社の行動指針とアジャイルの価値観に共通する点が多いという理由だ。DNPは「対話と協働」を行動指針とし、社内外と積極的に対話する、顧客にとっての価値を重視する、変化に対応し改善を繰り返すといった点を大切にしている。同氏によると、これらは全てアジャイルの価値観と共通しているそうだ。

DNPのアジャイル推進計画は3年計画になっており、今年が3年目になる。推進にあたり、「教育、実践、環境、体制という4つの着眼点を持って進めている」と和田氏は説明する。

教育関連の施策としては、外部の知見を導入するための研修の実施、認定資格取得の推奨などがある。社内研修も体系化し、すでに2300名以上が受講している。

実践に関しては、アイデアソン、ハッカソンによるプロジェクトをつくる機会の創出、スクラムチームに対するコーチングおよび社内コーチの育成などが挙げられた。和田氏は「経験値の蓄積が重要」だと見解を示し、「トライ&エラーではなく、トライ&ラーン(Learn)」だと語った。

環境については、開発環境の整備に加え、アジャイルを身近にするための施策として、ゴールイメージを共有する「DNPアジャイルブック」の作成や、スクラムイベントの見学会を実施。さらに、アジャイル開発をしやすい環境をつくるため、社内表彰や社内報での活動紹介など、プレゼンスを向上させる取り組みを行っている。

体制に関する施策としては、「ICTアジャイル開発手当」の導入といった社内制度の整備と同時に、社内コミュニティが形成された。このコミュニティには現在560名以上が参加しているという。コミュニティ形成に至った理由を和田氏は、次のように語った。

「教育、実践、環境、体制という4つはあくまでも“器”です。アジャイルを推進する上で、仕組みや制度だけでなく、組織風土や個人のマインドといった“中身”も変えていくことが必要だと早い段階で気が付きました。各部門が独自に取り組んでしまったり、学びが受動的になったり、あるいは資格取得を目指すだけの人材育成になったりしないよう、ヒエラルキー型の組織からコミュニティ型の組織に変更することにしました」(和田氏)

コミュニティがアジャイルを加速

コミュニティの運営は、専任のコアメンバー6名と、兼任のメンバー20名程度を中心に行っている。そこには「(コミュニティ運営を)既存組織とのしがらみのない有志だけの一時的なプロジェクトではなく、本流に置くことで、会社全体で推進するというメッセージを発信する」という意図があると和田氏は説明する。このコミュニティの主な活動は、「情報共有の場づくり」と「楽しく学ぶ仕掛けをつくること」だ。前者の活動の一環として、プラクティス共有の場であるDXサミットを開催。ここから、共通アセット化やオリジナル研修開発といった動きも出ている。

一方、後者の活動でつくられた“仕掛け”の例として和田氏が紹介したのが、同社が2022年5月に開発した「アジャイルボードゲーム」だ。人生ゲームのようなかたちでアジャイルについて学べる仕組みになっており、これを用いた研修を行っているという。

和田氏は「アジャイルは開発フェーズではなく、アイデアを一緒に生み出していくためのものである」と強調。アジャイルで進められるプロジェクトの数や、会社が投資できる対象数には限りがあるが、直接的にプロジェクトに関わることができない人のために、クラウドファンディングサービスやオープンイノベーションの場を活用していることも紹介した。

アジャイルが組織と人を変える

講演の終盤、和田氏はもう一度、「なぜDNPはアジャイルを選択するのか」と切り出した。同氏によると、かつては“答えのある世界”であり、そこでは経験と知識が活かされてきたという。しかし現在は多様性、複雑性の時代であり、“答えがない世界”“答えを一緒に考える世界”になっている。そのような世界においては、経験や知識よりも、マインドが重要になる。だからこそ、アジャイルにより、オープンでフラットな組織へと導き、変化にも柔軟に対応できるマインドを醸成することが必要なのだ。

「アジャイルトランスフォーメーションをしただけで、価値のあるものが生まれるわけではありません。組織や人が変わっていかないといけません。そして、共に新しい価値探索をしていく必要があるのです」(和田氏)