「社会保険料の引き上げで少子化対策は逆効果」とBNPパリバ・河野龍太郎氏が語る理由

昨年の出生数は80万人を割った。この国難に対し、岸田政権は異次元の少子化対策を掲げるが、増税議論は封印し、現段階では医療保険など社会保険料の上乗せが取りざたされる。社会保険料の引き上げは、企業の人件費負担を膨らませ、賃上げへの悪影響を懸念する企業人も多いが、問題はそれだけではない。

 2000年代は、高齢化で膨張する社会保障給付に対し、現役世代の社会保険料の引き上げで対応した。年金給付の増大は被用者の社会保険料率の引き上げで対応し、高齢者医療給付は、現役世代が加入する健康保険組合の拠出で賄い、健康保険料も引き上げられた。政治的反発が少ない被用者がターゲットにされたのだ。

 ただ、そのことは日本経済に大きな爪痕を残した。被用者の社会保険料は労使折半であり、正社員の人件費が増大し、経営者にとり非正規雇用を増やす大きな誘因となった。非正規雇用の人件費が安いのは、賃金の低さだけでなく、事業主が必ずしも社会保険料を負担しなくてよいためだ。非正規雇用は教育訓練の機会が乏しく、人的資源の蓄積が十分ではないため、生産性が低く賃金水準も低いが、もう一つ問題がある。

 コロナ直前の日本経済は、バブル期以来の超人手不足で、非正規雇用の賃金も上昇したが、不況が訪れると調整弁になることを恐れた非正規労働者は、増えた所得を貯蓄に回した。これが完全雇用でも消費が低調な理由の一つだ。

 セーフティネットの乏しい非正規雇用が増え、一国全体でリスクシェアリングが機能しないため、ショックが訪れた際、最も弱い階層にダメージが集中する。経済的に不利な立場に置かれ、婚姻や出産に踏み出しにくい人を多数生み出したことが、出生数低迷の大きな原因だ。

 今回は高齢者も費用負担するというが、大半は被用者の負担だ。良かれと思って少子化対策を進めたはいいが、2000年代の教訓に学ばず財源を社会保険料の引き上げで対応すると、正規雇用の人件費を引き上げ、非正規雇用を増やすインセンティブを経営者に与え、むしろ逆効果だ。

 本来は増税で対応すべきだが、仮に社会保険料で対応するなら、弊害の軽減策が必要だろう。社会保険料の企業負担の増大が非正規雇用の拡大につながるのは、非正規雇用の社会保険料を事業主が支払わなくても済むことが未だにまかり通っているためだ。

 欧州のように働き方にかかわらず、事業者が社会保険料を負担するのなら、社会保険料引き上げが非正規増大につながることはない。同一労働同一賃金の原則に基づき、被用者皆保険を確立すれば、社会保険料の引き上げが次善の策として許される。その際、低所得の被用者に、給付付きの税額控除で、社会保険料の引き上げ相当額を還付する必要もある。低所得層の負担が増え、高所得家庭に児童手当を支給するのは本末転倒だ。