新潟大学(新大)は5月11日、アルマ望遠鏡を用い、地球から約19万光年の距離にある小マゼラン雲において、これまで観測されていなかった、原始星を包む分子雲の「ホットコア」を発見したことを発表した。

  • 小マゼラン雲に発見された2つのホットコア(S07およびS09)の位置(緑丸)。アルマ望遠鏡により観測された各天体のダスト、二酸化硫黄、メタノールの放射分布の画像が示されている。背景は小マゼラン雲の赤外線画像(ハーシェル望遠鏡による160μmの画像)。

    小マゼラン雲に発見された2つのホットコア(S07およびS09)の位置(緑丸)。アルマ望遠鏡により観測された各天体のダスト、二酸化硫黄、メタノールの放射分布の画像が示されている。背景は小マゼラン雲の赤外線画像(ハーシェル望遠鏡による160μmの画像)。(出所:新大プレスリリースPDF)

同成果は、新大 自然科学系(理学部)の下西隆准教授、東京工業大学の田中圭助教、米・バージニア大学のYichen Zhang 研究員、国立天文台の古家健次特任助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。

星が誕生するには、星間ガスやダストなどの温度が、絶対零度まであと10℃ほどといった極めて冷たい状態である必要がある。その中でガスやダストが集まって誕生した原始星は、周囲のガスや塵を温め始める。このような繭のように原始星を包む温かい分子雲は、ホットコアと呼ばれている(ホットとはいっても-150℃前後から室温程度)。ホットコアに関する研究は、星形成の物理過程を理解するだけでなく、星形成に伴う物質の化学進化を理解する上でも重要と考えられている。

天の川銀河の伴銀河の1つで、小型の不規則銀河である小マゼラン雲は、太陽系近傍環境と比較すると、炭素や酸素などの重元素(天文学では水素とヘリウム以外は重元素と表す)の存在量が約10%~20%と少ないことが知られている。このような重元素の少ない環境は、100億年以上昔の宇宙に存在した初期の銀河と類似しており、小マゼラン雲ははるか昔の宇宙における星形成過程や物質進化の様子を探る上で重要な現場の1つと考えられる。

これまで、小マゼラン雲と同様に天の川銀河の伴銀河の1つで小型の不規則銀河である大マゼラン雲や、天の川銀河外縁部など、重元素の少ない領域における星形成および物質進化に着目してきた研究チームは、これらの領域をアルマ望遠鏡で観測することにより、ホットコアを発見してきたという。しかし、星形成活動が活発な近傍銀河の中でも、特に重元素が少ない小マゼラン雲では、これまでホットコアを発見できていなかったとする。

そこで研究チームが開始したのが、大・小マゼラン雲内の約40の大質量原始星をアルマ望遠鏡により系統的に観測する「MAGOSプロジェクト」だ。今回は、MAGOSプロジェクトにより取得されたデータおよびアルマ望遠鏡のアーカイブデータを組み合わせ、小マゼラン雲のホットコアを探索したという。

そして探索の結果、小マゼラン雲においてホットコアの発見に成功した。次に、その小マゼラン雲のホットコアについて、物理・化学的な性質が詳細に調べられた。これまでに知られていた通常の重元素量環境では、原始星付近の暖かくコンパクトで高密度なホットコア領域は、星間有機分子の一種であるメタノールの輝線を用いることで検出されてきた。

それに対し、小マゼラン雲内で発見された2つのホットコアはどちらも、メタノール分子は比較的低温で広がった領域に由来しており、ホットコアの高温ガスからの寄与は非常に小さいことが明らかにされた。そこで今回は、二酸化硫黄の分子輝線を用いてホットコア領域を検出。小マゼラン雲の天体では、天の川銀河内で一般的に用いられるメタノール輝線の代わりに、二酸化硫黄輝線を利用できることが確認された。

今回の研究成果により明らかにされた小マゼラン雲の原始星の特徴は、はるか昔の宇宙で起きていた物質進化や星形成過程の多様性を解明する重要な鍵となるとする。現在の天の川銀河の星・惑星形成領域では、星間物質の豊かな化学進化が起きているが、それが宇宙史を通して普遍的な現象だったのか、不明なことは多い。また、星・惑星形成領域における物質進化の理解は、惑星へと取り込まれうる生命材料物質の多様性の究明にもつながるという。

今後、アルマ望遠鏡やジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などを用いた観測が進むことで、過去の宇宙と現在の宇宙における星・惑星形成過程およびそれに伴う物質進化の様子の違いがより詳細に明らかになることが期待されるとしている。