名古屋大学(名大)は4月20日、次世代燃料電池・水電解装置などでの利用が期待される、従来と比べて5倍以上という高密度に酸基を有する高伝導高分子電解質膜を開発し、燃料電池を使用する一般的な温湿度下(例:気温80℃・相対湿度90%RH)において、従来の電解質膜が示す伝導率(0.15S/cm)を上回り、0.93S/cmという6倍以上の高伝導率を示すことを確認したと発表した。

同成果は、名大大学院 工学研究科の野呂篤史講師(同・大学 未来社会創造機構 マテリアルイノベーション研究所/脱炭素社会創造センター兼務)らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するポリマーの用途に関する全般を扱う学術誌「ACS Applied Polymer Materials」に掲載された。

固体高分子形燃料電池や水電解装置などで用いられる高分子電解質膜は、プラス電荷を帯びた水素イオン(プロトン)を輸送する役割を担う。現在、パーフルオロスルホンポリマー膜やスルホン化ポリスチレン膜などが電解質膜として市販されているが、その性能として、一般的な条件下で0.1S/cm程度の伝導率(≒プロトン輸送能)を発現することが求められている。

  • 固体高分子形燃料電池の模式図

    固体高分子形燃料電池の模式図 (出所:名大プレスリリースPDF)

高伝導率を発現する電解質膜を燃料電池に組み込むことで、より多くの電気を取り出すことが可能なことから、そのような性能を有した電解質膜の開発が強く求められている。電解質膜の伝導率は、電解質膜中の酸基の密度(≒イオン交換容量IEC)と強い相関関係があるとされ、電解質膜の酸基を高密度化することが必要だ。しかし、現在の市販用でIEC=0.9meq/g程度までは到達しているものの、1.0meq/g以上の電解質膜合成は一般には困難とされていた。

  • 燃料電池自動車のイラスト

    燃料電池自動車のイラスト (出所:名大プレスリリースPDF)

そこで研究チームは今回、1.0meq/g以上の高密度に酸基を有する高分子電解質膜を合成するため、保護基でキャップした酸基を有するモノマーを重合してポリマーを合成し、電解質膜とすることにしたという。

保護基は、比較的マイルドな条件で外して保護基でキャップされていない酸基とし、このようにすることでIEC=5.0meq/gの電解質膜を合成することに成功したとする。燃料電池の一般的な使用条件(例:気温80℃・相対湿度90%RH)下で、約0.9meq/gの酸基密度を有する従来型の市販のパーフルオロスルホン酸ポリマー膜や、スルホン化ポリスチレン膜の伝導率は、それぞれ0.15S/cm、0.091S/cmだ。それに対し、今回開発された高密度に酸基を有する電解質膜では、同条件において6倍以上の0.93S/cmという高い伝導率が示されたとした。

  • 従来型の電解質膜の合成スキーム

    (a)従来型の電解質膜の合成スキーム。(b)開発膜の合成スキーム。灰色の線は高分子の主鎖、緑色の長方形は架橋点を表し、Pは保護基でキャップされた酸基、Aは酸基そのものを表す (出所:名大プレスリリースPDF)

学術誌においては、世界トップクラスの高酸基密度の電解質膜として、3.14meq/gが報告されており、90℃・98%RHの高加湿下で、1.2S/cmの高伝導率が確認されている。今回開発された高密度に酸基を有する高分子電解質膜は使用条件が異なるが上回っており、現在までに学術誌で報告されている優れた電解質膜の伝導率に匹敵するものであることが確認された。

  • 従来膜と開発膜の伝導率

    従来膜と開発膜の伝導率 (出所:名大プレスリリースPDF)

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)より発表されている「NEDO燃料電池・水素技術開発ロードマップ」においては、2040年頃の燃料電池に対しては、現在よりもはるかに厳しい作動条件(より高い温度、より低い湿度)を前提として到達目標値が定められている。今回の電解質膜開発で使用された技術は、そのような厳しい作動条件でも0.1S/cm程度の伝導率を示す高分子電解質膜の合成・開発に資する技術でもあり、研究チームは、脱炭素社会の実現を大目標とし、高性能な次世代高伝導高分子電解質膜の開発を目指し、今後も引き続き研究を進めていくとしている。