2023年4月1日。人口約5000人の徳島県・神山町で、19年ぶりに新設の高等専門学校(高専)「神山まるごと高専」がついに開校した。2日には入学式が行われ、44人(男女比1:1)の新入生を第一期生として迎え入れた。Sansanの寺田親弘社長が理事長を、ZOZOの前身スタートトゥデイのエンジニア集団でCTOを経験した大蔵峰樹氏が学校長を務める。
神山まるごと高専について驚くべきは、学費の実質無償化を実現させている点だ。初年度の学生だけでなく、次年度以降も学生も対象で、永続的な学費無償化を実現させている。また、保護者の所得制限なく全員の学費が無償だという。
神山まるごと高専は、特殊な奨学金基金を創設し、11社の民間企業から協力を受け100億円を超える基金を集めた。ファンド運用のように出資金を資産運用して、その運用益を奨学金として安定的に給付するといった仕組み。
具体的にどのような仕組みで、“永続的な”学費の実質無償化を実現させているのだろうか。また、神山まるごと高専が目指している教育のカタチとは。3月上旬に開かれた記者会見の内容をもとにして、1つずつ解説していこう。
「神山まるごと高専」はどんな学校?
奨学金基金の仕組みを解説する前に、そもそも神山まるごと高専がどういった高専なのかということを整理していこう。
神山まるごと高専は、全寮制の5年制で、一般科目の教員10人、専門科目の教員11人、計21人の教員を抱えている。
校舎の名称は「OFFICE(オフィス)」。木造の校舎は全面ガラス張りで開放的な雰囲気となっている。
OFFICE内には、200人が収容できる「大講義室」、研究・制作ができる2つの「ラボスペース」、日々の授業を行う5つの「講義室」、そしてワークショップも可能な「演習室」などがある。建材は神山町の町産材である「神山杉」をふんだんに活用。
鮎喰川をはさんだ向こう側にある「HOME(ホーム)」は、旧・神山中学校の校舎をリノベーションした学生寮だ。HOME内には3学年分の寮室、食堂、そして図書室といった暮らしに密接な機能と、美術室や理科室などの特別授業の教室を備えている。
HOMEでの生活は1年生から3年生までを対象。HOMEでは、1年生が入居する2人部屋が2つ、2年生・3年生が入居する1人部屋が2つ、合わせて6人での暮らしを1ユニット(区画)とし、共同での生活を行う。
そんな神山まるごと高専のコンセプトは、「テクノロジー×デザインで人間の未来を変える学校」。自ら課題を発見してモノをつくる力で解決し、そして、社会に変化を生み出すことができる学生を、育てたい学生像としている。
寺田氏は3月9日の記者会見で、「テクノロジーとデザイン、これを分断させずに一緒に教える。15歳から20歳までの人生で一番吸収しやすい時期に、学生たちにものを作る力を磨いてもらいたい」と、語った。
そのため、起業家の輩出を念頭に置いた教育プログラムが組まれている。総勢54人の起業家たちが毎週2人1組で神山にやってくる特別授業などもその一環だ。高専卒業後は、就職・編入に加え、起業の道も選択できるようサポート。卒業生の4割を起業家にすることを目指している。
2019年に構想を発表してから、3年あまりという異例のスピードで開校することになった神山まるごと高専。ラクスやメルカリといった大手IT企業などから開校資金の寄附を集めてきた。その額は企業・個人を合わせて24億円にのぼる。
そして2023年3月9日、寺田社長は、給付型の奨学金基金が完成し、学費無償の私立高専が実現したことを発表。具体的にどのような仕組みで、永続的な学費の実質無償化が実現されるのだろうか。
なぜ「ずっと学費が無償」なのか
永続的な学費の無償化を支えているのが、「スカラーシップパートナー制度」という独自の制度だ。
企業や個人からの支援で無償化を実現している。具体的には、一般社団法人の「基金制度」を用いて出資金を投資会社を通じて資産運用し、その運用益を奨学金として安定的に給付するといった仕組み。海外の名門大学(ハーバード大学やイエール大学など)で導入されてきた仕組みだが、日本では非常に珍しいという。
先述した通り、神山まるごと高専は、テクノロジー、デザイン、起業家精神を中心とした一般科目以外の授業にも力をいれており、教員態勢をかなり充実させている。かつ私立の高専であるため、学生一人当たり年間200万円ほどの高額な学費がかかってしまう。
そこで、「家庭の経済状況に左右されず、世界を変える可能性を秘めた子どもたちの誰もが目指せる学校にしたい」(寺田氏)という思いから、日本ではまだ珍しい同制度を取り入れた。
基金には、Sansanを含む以下の11社が参画。原資として100億円があれば毎年の学費を捻出できる見込みだったが、デロイトトーマツコンサルティングが5億円を学費充当用に高専へ寄付、そのほかの10社が1社あたり10億円を出資(拠出)、合計105億円の基金が集まった。
105億円の基金を託すのは、スイスの老舗プライベートバンク「ロンバー・オディエ」。年5%の運用益が出るようなポートフォリオを組んでいるといい、運用益を学生一人あたり年間200万円の学費へ充てる。また、寮費についても世帯の年収に応じて奨学金を支給する。
「もちろん、運用益にアップ・ダウンがあることは考慮に入れている。(運用益が)目標に届かなかった場合は、100億円の5%、年間5億円を寄付などで集めて充当し、運用を継続していく」(寺田氏)
企業と学生、双方にとって価値のある学校へ
スカラーシップパートナー制度では、44人の学生を11社で対応するため、各学年4人ずつ、各企業の名前を冠した奨学生が生まれる。例えば、Sansanの奨学生は、「Sansan奨学生」のように名称付けられる。
そして、その奨学生たちは、5年間を通じて、企業側と連携した活動を行い、ビジネスについての理解や、学びを深めていく。
具体的には、「企業理解」をテーマとした研究活動を行い、年次を経るごとに難易度を上げ、最終学年時には企業との共同した研究や新規事業の開発など行う。寺田氏は、「企業と学生、双方にとって価値のある状況を作れるのではないか」と考えているようだ。
「『ほっとした』が、今の正直な気持ち。これからは、学生たちが主役。神山に集まってくれた44人の野心的な学生に対して、しっかりと学びを支えていきたい」(寺田氏)