「機能性で迷っているなら、パナソニック製を選んでみてください。値は張りますが一番安全で間違いないです」
引越しに伴う家電の買い替えで家電量販店を訪れた際、仲良くなった店員に耳打ちされた言葉だ。
店員の言葉を信じて購入したドライヤーは本当に髪が潤うし、ロボット掃除機は愛猫が激しくかんだりひっかいたりしても、問題なく部屋の隅や家具の際まで綺麗にしてくれる。なにより使いやすい。人の意見に流されやすいという筆者の短所は、たまには長所にもなることを初めて知った。間違いなくQOLは上がり満足しているので、彼の吐露をどうか責めないでほしい。
そんな、多くの人が信頼しているであろう「パナソニックブランド」を陰で支えているのが、同社の「解析評価技術」だ。解析(先読み)して、評価(下支え)する、技術。
例えば、パナソニック製の電動ひげ剃りやシャワーヘッドなどのグリップの形状は、人間工学に基づいて開発されている。人がグリップを握った時の圧力分布や筋電図、脳波・脳血流などを解析して、人間の五感や感情を測定している。測定だけでなく、デジタル上に人間の手をシミュレーションすることで五感や感情を予測することもできるという。
その役割を担っているのが、大阪門真市を主要拠点とする「パナソニック ホールディングス(HD)プロダクト解析センター」だ。同センターでは、8つのコア技術の総合力でさまざまな価値を創造し、いくつもの製品を解析しているという。
一体、どのような解析を行っているのだろうか。気になって、居ても立っても居られなくなり、気がつくと新大阪行きの「のぞみ」に乗車していた。
縁の下の力持ち「プロダクト解析センター」
プロダクト解析センターの原点は、2005年に設置された「松下電工解析センター」にさかのぼる。その後、2012年にパナソニック、パナソニック電工、三洋電機の3社から100人の解析技術メンバーを招集して組織を形成した。そして、2016年に「プロダクト解析センター」に名称変更を行い現在に至る。
同センターは、組織としては「技術部門」の位置付けにあり、2022年4月より持株会社制に移行したグループ全社を横断的にサポートしている。国内拠点は大阪府の門真・守口エリアに2カ所、兵庫県の篠山エリアに1カ所の計3カ所だ。
また、海外では中国やシンガポール、マレーシア、タイにも「営業窓口」を設置。主に東南アジアにあるパナソニックの拠点から解析・評価の依頼を受け付けており、センターでの売上は年間約30億円に上るという。
取材に応じてくれた、プロダクト解析センター 所長(工学博士)の難波嘉彦氏は、「ここは、計算センターではなく、製品をより良いものにするための場所です。正直、ここまでバラエティに富んだセンターは、他にはないと思います」と話してくれた。
同センターは、「ユーザビリティ」、「材料分析」、「EMC(電磁両立性)」、「電子回路解析」、「デバイス創造」、「電気・人体安全」、「バイオ評価」、「信頼性」の8つの解析・評価技術を持っている。
これらの技術をうまく組み合わせ、世界にまだない価値を生み出したり、頑丈で誰が使っても安心できる製品を作ったり、みんなの知らないところで奮闘しているのだ。
世界にまだない価値を
「解析する」=「先読み」するということは、勘や経験で「こういう製品がいいかもしれない」と予想することではない。「モノ・コトの出来栄えを、原理・原則に基づき、数値化・見える化することです」と、難波氏は教えてくれた。
解析で新たなニーズを発見
「解析」について、車を例にわかりやすく説明してみよう。同センターでは、運転手が眠たそうにしているとハンドルを自動で振動させ、眠気を覚醒させるといった、次世代デバイスを生み出している。感情を見える化する技術を使って、新たなニーズを発見した例だ。
具体的には、表情の解析技術や、感情を定量化する脳波分析技術にアイデアを掛け合わせ、そこで得られた観察結果を新しい価値につなげた。自社の強み技術である振動のバリエーションも生かし、そして、ナノレベルで材料の構造も解析し、次世代の自動車システムを生み出した。
AIによるデバイス設計
電動ひげ剃りひとつとっても、さまざまな技術が集約されている。例えば、デバイス性能を向上させるために 、AI(人工知能)技術を活用している。小難しい話は割愛させてもらうが、「AIによる設計は、人の経験や勘を上回る結果を得ることができる」という。AIを活用したシミュレーションで、磁場や電場、プラズマ、光といった数多くあるパラメータを連続的に解析することで、人間よりも確実に最適な解を自動で導くことができる。
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パナソニックの電動ひげ剃り「ラムダッシュシリーズ」
計算時間の長さに課題が残るようだが、これにより、電動ひげ剃りなどに用いるモーターの設計スピードを10倍速くしたり、出力を10~40%向上させたりすることに成功しているとのこと。
「AIは人に対して全勝しており、アウトプットは無限の可能性があります。また、新しい構造が創れる点もAI設計のいいところです。ただし、実用化には工夫が必要で、新原理において人間の発想は欠かせません。あくまでAIは最高の助手にすぎません」(難波氏)
また、デバイス性能を向上させるだけでなく、「人間にとって使いやすいかどうか」という点へのこだわりがすごい。「ユーザビリティ」の技術である人間工学や感性工学をつかって、五感や感情を測定・予測している。
これは、電動ひげ剃りに限らず、ドライヤーやロボット掃除機、洗濯機にも当てはまることだ。
「使いやすさ、分かりやすさ、快適性を科学的に追求しています。科学的な解析だけでなく、利用者アンケートといった定性的なデータも活用し、ユーザーの気持ちを探っています」と、難波氏は笑顔をみせる。
誰もが安心できる「パナソニック製」の秘密
それにしても、パナソニックの商品はタフだ。筆者の家にあるロボット掃除機が証明している。それもそのはず、製品に使われている材料はあらゆる負荷(ストレス)に耐えられるよう、さまざまなテストをクリアしている。
最大95℃・98%、-70℃を耐える材料
例えば、東京スカイツリーにはパナソニックの材料が使われているが、地上600メートルという未知のストレスに耐えられるようにするため、劣化を再現させる促進試験をクリアした材料しか選ばれていない。
最大95℃・98%の高温多湿な環境に置いたり、逆に、-70℃の極低温まで急激に下げたり、大気汚染によるダメージを考慮して、高濃度の有毒なガスを吹きかけたり、高エネルギーな紫外線を浴びせ続けたり、最強生物の「クマムシ」にしか耐えることができなさそうな過酷なストレスを与えて試している。
国内外の規格に則った試験やトラブルの再現試験を行うことにより、製品の品質評価を支援。電子部品・車載デバイスから家電製品・住宅部材まで幅広い対応ができるという。
人体へのリスクを徹底的に分析
また、パナソニックは、頑丈さだけでなく「誰もが安心できる商品かどうか」への追求も怠らない。いくら頑丈な製品を作り上げたとしても、それが人体へのリスクがあるのなら、何の意味もないからだ。
そこで、同センターでは、人体へのリスクも数値化して、安全性を配慮したものづくりを支援している。例えば、人体ダミーや人体シミュレーションを活用することで、傷害レベルを予測している。
取材では、裂傷(皮膚などが裂けてできた傷)を評価する指のダミーと、痛みを評価する腕のダミーを見せてもらった。
指のダミーは、ロボットなどの機械装置や家具などの指を挟みこむような狭い個所に、人の指の代わりに挟み込み、裂傷が発生しないかどうかを確認するためのもの。できるだけ人体に近づけるため、表面は皮膚のように柔らかい素材でできており、中心部には骨のように固い金属の棒が埋め込まれていた。裂け目や傷の有無で、裂傷になりえる危険性があるかどうかを評価している。
腕のダミーに関しては、人間の神経は表層部と深部で異なることを考慮し、2種類の痛みを分別して評価できるようになっている。骨折などの高レベルな危害ではなく、痛覚や不快感といった低レベルの危害を評価できる技術は、世界で初めての技術だという。
この「挟まれる」、「尖ったものにあたる」といったことが、どれだけ地味に痛いことなのか、たいていの人は知っているだろう……。同センターが、考えただけでゾッとするような痛みに出会う嫌な機会を、陰ながら減らしてくれていたことに、そっと感謝した。
それだけでなく、コンセントや電気コードからの発火による「トラッキング火災」を防ぐためのさまざまな実験も行っていた。
松下幸之助の「ユーザーファースト精神」を反映
他にもさまざまな評価技術が、このプロダクト解析センターには存在していた。
共通していたことは、「あらゆる製品について、それを利用するユーザーの立場に立っていた」ということ。その上で性能、品質を試し、再吟味する姿勢がうかがえた。まさに、パナソニックグループ(旧松下電器産業)創業者である松下幸之助氏が掲げていた「お客様本位の経営」が反映されていたように思う。
そしてパナソニックは、この解析技術を自社グループだけでなく、他社にも展開している。
「この解析技術は独占するものではなく、社外の人にも使ってもらっています。料金は社内の価格とほぼ同じで、おそらくパナソニックで解析するのが一番安いはずです。技術の検証だけでなく、新しいプロダクトの事前評価で当センターを利用してくれる企業も少なくないです。営利目的ではなく社会貢献の一環として、技術をオープンにしています」と、難波氏は笑顔を見せてくれた。
東京に戻ってから、家電量販店に行く機会があった。愛猫の匂いケアと花粉への対策で空気清浄機を手に入れるためだ。それぞれのメーカーを客観的に評価するため、パナソニックをひいきすることはやめた。重要な決断の時は、比較の対象になるものを徹底的に調べ上げるなど、誰よりも客観的な視点を持つことができると自負している。
そして、1時間悩みぬいた後、店員さんに「これをください」と言い放った筆者の指先にあったのは、「ナノイー技術で室内をしっかり清浄!」という広告文とセットになった空気清浄機であった。