大正7年に創業した神奈川県・鶴巻温泉の老舗旅館である元湯 陣屋。代表取締役/女将 宮﨑知子氏が事業継承をした2009年当時、宿泊業は同館も含め、業務の大半が紙を中心としたアナログ管理だった。しかし、現在陣屋では自社独自システムの開発・外販をはじめ、旅館という業態を超えたさまざまなビジネスを展開している。2月21日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局 × TECH+ EXPO 2023 for Leaders DX FRONTLINE 変革の道標」に同氏が登壇。デジタルを活用した旅館再建の歩みについて紹介した。
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突然の世代交代、経営を立て直すためにはデジタルの活用が不可欠
宮﨑氏が夫婦で事業を継承したのは2009年の秋。当時は経営者が不在状態だったうえに、修行期間も引継ぎもない突然の世代交代だった。売上2億9000万円、償却前利益(EBITDA)マイナス6000万円、借入金10億円と、経営も芳しくない状況の中で宮﨑氏は「売上向上および経費削減を目指す必要があったが、未経験の二人が入ってどこから手を付けるべきか分からない状態だった」と振り返る。
事業継承以前、顧客情報は前女将の頭の中にしかなく、料理の材料は調理部の担当者一人で管理するなど、業務の属人化が課題となっていた。予実管理や人件費計算などもアナログで、スピード感を持った対処が不可能な状態。リーマン・ショックの影響から2009年に宿泊費の値下げに踏み切ったものの、「忙しいのに儲からない」という負のスパイラルに陥ってしまっていた。
陣屋は、神奈川県の主要観光地から遠く、集客が難しい立地にある。また約1万坪の庭園内に18の客室という比較的小規模な施設だ。「単価を上げなければ事業が成り立たないという直感があった」と言う宮﨑氏は、事業継承後、価格向上に向けた取り組みをスタートさせることに決めた。高付加価値を出すために高単価・低稼働率へと方向転換し、ブライダル事業も開始。さらに従業員のマルチタスク化も進めた。宮﨑氏によると当時決めた経営方針は、「仕事を効率化して、お客さまとの会話の接点を増やす」ことだったという。そのために、デジタルの活用は不可欠だった。
「夫も私も宿泊業はサービス業だと思っていましたが、蓋を開けてみると8割くらいの時間をバックヤード業務に費やしている状況でした。お客さまをおもてなしする時間、そのスタンバイの時間を捻出できずにいたのです。『がんばりましょう』と口で伝えるだけでは環境は変わらないと考え、基幹システムの導入を決めました」(宮﨑氏)
システムエンジニアを採用し、システムの自社開発に踏み切る
システム要件として、信頼性、セキュリティ、プライバシー、低価格、拡張性、カスタマイズ性という6つの要素を満たすクラウドシステムが求められたが、当時これらをすべて満たす製品はなく、陣屋は自社開発に踏み切った。開発は、システムエンジニアを1名採用し、Salesforceのプラットフォームを利用して進められた。「陣屋コネクト」と命名されたこのシステムは、今でも開発が続けられている。現在では、予約管理、顧客管理、社内SNS、設備管理、勤怠管理、会計管理売上管理、経営分析といった旅館ホテルの運営に必要なもの全てが一元管理できるようになっているという。
IoTの活用も進めた。システムには、到着した顧客の車のナンバーを認識し、SalesforceのChatterに自動投稿する機能がある。これにより、ドアマンは顧客の名前を呼んでサービスができるようになり、仲居はスムーズに玄関にお出迎えできるようになるなど、高いホスピタリティを実現している。
陣屋はこうして業務効率を向上させると同時に、顧客の満足度向上も実現している。
「スタッフを単純作業から解放することで、おもてなしに専念できるようになりました」(宮﨑氏)