日本デジタル空間経済連盟はこのほど、東京都内で「Digital Space Conference 2023」を開催した。同イベントはメタバースをはじめデジタル空間における課題を確認し、今後の展望と理解促進について議論することを目的とする。本稿では、ブルボンとイオンによる、メーカーと小売業のメタバース活用に関する対談の様子をレポートする。
ブルボンがメタバース開発を通じて得た課題
アルフォート、ルマンド、フェットチーネグミなど、誰もが知る数々のヒット菓子を手掛けるブルボン。一見すると、お菓子メーカーとデジタル空間の活用はあまり関連性が無いように感じる。なぜ、ブルボンがメタバースの活用に着手したのだろうか。
同社がメタバース事業に携わり始めたのは2021年後半だそうだ。当時の社内には「メタバースで新しい事業ができるのではないか」「得意先や取引先、地域との響働(きょうどう)ができるのではないか」との考えがあり、そのきっかけを探っていたという。
その後、2022年1月にメタバース構築の社内プロジェクトが本格的に開始した。当時の目標は、2022年11月に予定していた「響働の集い(取引先の会)」でのメタバース活用と、それに先駆けて10月に公開する一般ユーザー向けメタバース空間だ。
同年3月には共同開発先を大日本印刷に決め、Webメタバースの開発を開始した。デバイスに依存せずにアクセス可能で、ユーザーと直接コミュニケーションを図れることを基本的な開発方針としたという。また、5月にメタバースの理解を深めるために「MIKULAND 2022 YOSAKURA」へ協賛している。
メタバースの開発に際しては内製を基本としていたそうで、アバターだけでなく、アバター用のシャツやメタバース空間内で配布するための画像などを内製したとのことだ。
2022年10月、約1カ月間一般ユーザー向けのメタバース空間を3エリア公開した。「お菓子の森」ではクイズパネルや会社に関するパネルを掲出し、「バーチャル本社」はEC(Electronic Commerce:電子商取引)へのリンクや商品パネルを掲出したという。「展望台」では本社のある新潟県柏崎市を撮影した360度映像を楽しめる空間を構築した。
ブルボンの統合企画部長とデジタル推進部長を兼任する吉田匡慶氏は「一般ユーザー向けのメタバースを公開してみて、まだまだ一般ユーザーの認知度は高くないと思った。一方で、熱量を持っている人も一定数いるようで、消費者への体験価値をどのように提供するのかが今後の大きな課題となる」と振り返った。
また、「今後は、デバイスや通信環境の制約をどう乗り越えるのかや、一度メタバースを体験して終わるのではなく長時間滞在してもらったり、何度も来てもらったりするための仕組み作りも検討する必要があるだろう。一企業で取り組むのではなく、業界の垣根を超えてオープンに改善していきたい」とも述べていた。
ブルボン×イオン、小売業のメタバース活用は「シームレス」が鍵
イベントの中で、ブルボンの吉田匡慶氏とイオンの尾島司氏が対談を繰り広げ、ブルボンがメタバース開発を通じて感じた課題と、小売業の将来性が語られた。
ブルボンが感じたメタバース空間での小売業の課題
イオン 尾島氏:当社イオングループは全国に2万を超える店舗を持ち、イオンカードの会員は約4700万人、電子マネー「WAON」の累計発行枚数は9000万枚を超えました。今後の課題として認識しているのは、これまでオフラインで獲得してきた顧客基盤をいかにしてメタバースなどのデジタル空間に誘導するのかです。
ブルボンのメタバース開発の事例をうかがって、どのような属性の方がメタバース空間を体験したのかが気になっています。
ブルボン 吉田氏:弊社の主力商品は当然お菓子なので、当初の予想では20代から50代の女性の方が多いのではないかと思っていました。しかし、いざふたを開けてみるとビジネスマンと思われる方のアクセスが多く、思ったよりもメタバースはまだ一般の女性にはヒットしないようです。
イオン 尾島氏:当社のような小売業は多くの商品を取り扱いますので、複数の取引先の商品の相乗効果なども見込めます。ブルボンのようなメーカー企業に対して、われわれ小売業はデジタル空間でどのように役立てそうでしょうか。
ブルボン 吉田氏:メタバースによって商品価値を体験していただいて、それが実際に購買につながるのが一番嬉しいのですけれども、メーカー1社だけでは難しいようです。今後メタバース空間で消費行動を促すことを想定すると、ECサイトへの誘導や決済の仕組みなどが必要です。会員情報の取り扱いや決済システムなどはイオンのような小売業の力を借りながら取り組まなければいけないと感じています。
イオン 尾島氏:まさに私たちも同じ課題意識を持っていまして、現在のメタバースはエンタメ業界を中心に体験価値の提供が主流です。小売業がメタバースを活用する際には、消費者に商品を購入していただき、ビジネスとして成り立たなければいけません。今後の小売業のメタバース活用においては、購入・決済・デリバリーまで途切れずに提供できる仕組みが必要となりそうです。
ブルボン 吉田氏:弊社が今回開発したメタバース空間では、お菓子を買うときはメタバースから離脱してECサイトに遷移し、そこで購入してからまたメタバースに戻ってくるフローでした。このフローでは離脱してしまう人も多く、ビジネスとしてボトルネックになると認識しています。
尾島さんがおっしゃる通りで、メタバース内で商品に接してから実際に購入してから、決済や物流までがシームレスにつながらないと、ビジネスとしての継続が難しそうです。
イオンが描くデジタル空間での小売業の将来性
ブルボン 吉田氏:続いて、私からお聞きしたいのですが、イオンは2万点以上の店舗を持つなどリアル空間の顧客接点が非常に強力だと思います。今後、どのようにお客様に接していく計画なのでしょうか。
イオン 尾島氏:当社はイオンモールをはじめ、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどさまざまな事業を展開してきました。私はリアルとデジタルの店舗の違いは「棚の制約の有無」だと思っています。
両方の空間を比較した際に、リアルな店舗は棚のスペースに制約があり限られたスペースにしか陳列できませんが、デジタル空間の店舗はそうした制限がありません。これは大きな違いです。また、リアルな店舗では店頭で欠品が生じる場合がありますが、デジタルの店舗ではECを活用できますので在庫の課題も解消できます。
当社のような小売業は商品を開発するというよりも、お客様に商品の魅力を紹介して届ける役割を持っています。この役割はメタバースやデジタル空間でも変わらないので、1つの商品を購入した後に関連して他の商品も見て回れるような、「買いまわり体験」を促す仕組みを作っていきたいです。
また、すでにご存知の方も多いと思いますが、最近はマスマーケティングが通用しなくなりつつあります。そうした中でご当地ならではの個性的な商品や、一人一人のお客様にピッタリの商品を開発段階から一緒に作れたらと思います。
ブルボン 吉田氏:当社も新潟県柏崎市にありますので、ご当地企業ならではのメタバース活用には関心を持っています。首都圏の方に現地まで工場見学に来ていただくのは難しいですが、メタバースを活用すれば地理的な問題は解決できそうです。
私たちがどのような思いで製品を開発したのか、どのような思いで作っているのかを届けやすくなるのかなと思います。
イオン 尾島氏:最近リアルな店舗で売れ筋になっているのは「ストーリー」です。商品を開発した経緯や、環境に配慮した素材と製造工程などをストーリーとして紹介することで、消費者の共感が得られて商品が売れる流れがあります。
そうした商品の裏側に流れるストーリーの部分から一緒に開発に携わることができれば、メタバースでも新しい消費の経済圏が作り出せるのではないかと期待しています。当社は小売業ではありますが、メーカー各社と一緒に商品開発できればと思っています。