ここ数年、スタートアップへの出資や出資を受けたスタートアップの勢いが目覚ましいのではないだろうか。政府も支援策強化を掲げるなど、今後も目が離せない状況だ。今回、シード、アーリーステージを中心としたスタートアップを支援する「HIRAC FUND」を運営するマネーフォワードベンチャーパートナーズ 代表取締役の古橋智史氏に昨年のスタートアップ市場、そして2023年の展望について話を伺った。

古橋 智史(ふるはし さとし)

マネーフォワードベンチャーパートナーズ株式会社 代表取締役


2011年に立教大学卒業後、株式会社みずほ銀行に入社、株式会社Speeeなどのベンチャーを経て2014年にスマートキャンプ株式会社を設立し、SaaSマーケティングプラットフォーム「BOXIL SaaS」をはじめ複数事業を運営。


2019年11月に同社がM&Aにてグループジョインし、2020年4月に株式会社マネーフォワードへ入社。2020年5月にマネーフォワードベンチャーパートナーズ株式会社代表に就任。同年6月には、同社でスタートアップ向けのベンチャーキャピタル「HIRAC FUND1号投資事業有限責任組合」を設立し、代表パートナーに就任。同年12月、マネーフォワードの執行役員に就任。

スタートアップ関連市場が冬の時代に突入した2022年

--2022年のスタートアップ関連の市場を振り返っていかがでしょうか?

古橋氏(以下、敬称略):2022年はスタートアップの潮目が大きく変わった年となりました。年明けからの米国市場を中心としたインフレや利上げで株式市場のクラッシュ、ロシアのウクライナ侵攻など、さまざまな出来事が、かなり大きく響いたと思います。

2021年までは、テックスタートアップがマーケット市場を含めて席巻していましたが、2022年はテック銘柄を中心に借入れをストップするなど、バリエーションに関しても減少しました。2021年12月までのスタートアップの資本市場における戦略はガラッと変わったタイミングで大きなうねりがありました。

2020年は売上成長率至上主義で、SaaS(Software as a Services)やFinTechなどを含めて、あらゆる産業でトップラインを伸ばしつつ、赤字を許容しながらということもありましたが、現状では収益性が高い黒字の企業がフォーカスされています。

また、上場のウインドウもかなり狭まっており、スタートアップの資金調達に加え、テック関連の企業は生存戦略に舵を切らなければいけないフェーズに入っています。

米国市場の利上げで資金調達の難易度が上がり、将来の利益に対して先行投資するモデルは調達環境が悪くなることから、将来に対する投資や赤字は許容できなくなり、キャッシュが尽きてしまう可能性があるということが見えたのが2022年でした。

そのため、借入れをしなくても手元に多くのキャッシュを持ちつつ、事業を継続できる体制の構築が優先されることから、採用なども含めて変えていかなければならない状態です。つまり、冬の時代に突入したといえます。

--昨年には岸田文雄首相もスタートアップに対する支援策強化を掲げていますが、冬の時代に突入したのですね。

古橋:米国は利上げを積極的に行い、レイオフするなど激しい動きがありますが、低金利かつレイオフという概念もない日本は特異な環境ではないかと思います。

日本政府も5年で総額10兆円の投資を計画しており、いま新しく産業を興そうという企業にとっては日本は比較的チャンスになる可能性はあると感じています。

これまで、赤字を許容しながら投資してきた会社は大きく舵を切らなければならないという意思決定を、どれくらい経営者がドラスティックにできるかということが試されています。

今年から起業する方々は採用なども大手が止めている状態のため、採用しやすい状況ではあり、お金が適切に集まっている企業が非常に強くなるのではないでしょうか。

軒並み全員が強いというよりは、どこか尖ったものを持ち合わせる企業が強くなり、投資を行う選定の基準になるかと思います。

--スタートアップの“目利き”みたいなところは、重要なファクターになるかと思いますが、いかがでしょうか?「HIRAC FUND」の1号ファンドはどのような企業を中心に支援していますか?

古橋:そうですね。1つは“マーケット”で、TAM(Total Available Market)と呼ばれる潜在市場に大きく張れているということです。もう1つは、いいチームを作れるかという観点で“人”です。この2択だと考えています。

人に関しては人柄の良さ、応援したいと感じる方、強いリーダーシップを持つ方の2軸ですね。この点は景気の良し悪しに関係なく必要なハードスキルセットです。

主にシード、アーリーステージのスタートアップを支援するHIRAC FUNDの1号ファンドの企業はバラバラですね(笑)。1号ファンドは2020年末に30億4000万円でクローズしましたが、マネーフォワードが本業としていない領域を中心に選定しました。そのため、SaaSやFinTech以外の領域にも投資を行いました。

例えば、D2C(Direct to Consumer)と呼ばれるようなものづくりを手がけるTENTIAL、オンライン診療のTENET、無人接客SaaSのタイムリープ、シェアサロンを提供するサロウィン、食の事業承継に特化したまん福ホールディングス、ゲームセンター事業のGENDAなどですね。

地域金融機関との密な連携

--2号ファンドについて先日発表されました。どのようにお考えですか?

古橋:HIRAC FUNDの2号ファンドは、1号ファンドで見出した活路を地方創生の文脈で地域金融機関と連携しながら、地方独特の資産をDX(デジタルトランスフォーメーション)化することで新しい産業を生み、地域経済の活性を促進することを狙いとしています。

こうした仮説を2号ファンド以降では検証していきたいと考えています。これは、マネーフォワードがもともと、設立時から地域金融機関と密な連携をしていたことと、上場前に地域金融機関から出資していただいた経緯もあり、10年来の関係値をフルで活用しながら、HIRAC FUNDとして新たな機会を模索します。1つのテーマとして地方創生があります。

第1号ファンドを通じて、リアルに根付いた事業や従来のテック銘柄VC(ベンチャーキャピタル)が好まない領域にフォーカスしてきたという自負があり、そこが1つ可能性になったと思います。

それが先ほども第1号ファンドで挙げていたサロウィンやTENET、GENDA、まん福ホールディングスなどがきっかけになっています。

また、地方企業で建築デザインのクラウドソーシングを行うスタジオアンビルドなどに出資した経験の中で、次につなげられるものを探していきたいです。さらに、地域金融機関もさまざまな領域に興味を示しており、地域の企業に対する融資だけでは今後は壁に当たると想定し、チャンスを窺っています。

例えば、静岡銀行さんは地元企業とスタートアップのマッチングイベントとして「TECH BEAT Shizuoka」を開催するなど、地域金融機関も常に機会を探しています。

1号、2号ファンドを通じて地域金融機関の代わりに目利きをすることで、ビジネスのシーズを探ることができると感じています。

2023年の展望、そしてマネーフォワードベンチャーパートナーズの役割

--2023年の展望はいかがでしょうか?

古橋:市場は正直な話をすると、世界全体で見れば悪いと思います。新型コロナウイルスの余波が2年経過して来たということがあるからです。

例えば、地方ではタクシーが不足しており、コロナ禍において観光地のタクシー会社が衰退し、人員に加え、車両も削減しました。そうした中で観光が再開し、観光客が戻ってきても財務体力がなく、引退した運転手の方も戻ろうとは強く思えません。

そして、インバウンドで需要が戻ってきても対応が難しい状況にあり、最初の1~2年は乗り越えていましたが、3年目ともなると現実的に厳しい側面があります。

振り返ってみると2008年のリーマンショック後の2009年、2010年が採用市場でも厳しかったことから、2年遅れで影響が出るとすると2022年の利上げのショックが2023年以降に実体経済ベースで打撃が来るのではないかと推測されます。

そう考えると、小売や医療などリアルビジネスに紐づくDは強制的に必要になるのではないでしょうか。

われわれが出資したタイムリープというスタートアップは、遠隔接客サービスの「RURA」を提供し、1人で複数店舗のオペレーションが行えるのですが、需要が明確になってきています。

オンラインからオフラインにいきなり戻るかと言えばそうではなく、より人手不足になり、RURAの需要が高まると考えています。

また、オンライン診療サービスを提供しTENETとLATRICOについても今後需要が高まることが想定されています。BtoBの文脈で言えば企業の内部留保を狙えば不景気だろうが取り行けるチャンスはあります。

一方、Web3は米国の市況の影響を受けて、FTXも破綻するなど暗号資産の業界も揺れており、この余波が今年来ると思います。暗号資産は特殊なもので、大きい1社が動くと全体が動いてしまうということがあり、調子が良かった2021年末~2022年初頭に入ってきた投機寄りの人たちは脱落するかもしれません。

そのため、2023年は根本となるチェーンやプロトコルレイヤをはじめ新しい技術は競合に邪魔されずに開発されるだろうと思います。

--何か課題感などはありますか?

古橋:ファンドビジネスは時間がかかるため、VC業としての再現性をどこに置くかは考えています。

1つの仮説として、HIRAC FUNDの1号ファンドはアントレプレナーファンドでしたが、同様にLP(Limited Partner:有限責任組合員)の方々に、何度も出資していただくことはあまり現実的ではありません。

そのように考えた際に、マネーフォワードグループのVCであることから“マネーフォワードらしさ”を、2号ファンドで掲げている地域金融機関との共創の文脈で実現できればと考えています。

また、何回ファンドを作り上げられるのかということが指標になる半面、1回の結果が出るのに10年はかかるため、こうした状況に対してドシっと構えて耐えられるかです。

お金以外の面では、経営のアドバイスや営業の紹介、広報の支援など、事業会社として取り組んで得たノウハウなどを伝えています。

2号ファンドのファーストクローズしましたが、クローズに向けてファンドレイズを進めていきます。冬の時代と言われる中で積極的にスタートアップに投資していきます。