昨今、さまざまな業界でデジタル化が進んでいるが、ARを活用した内覧サービスの提供など、不動産業界においてもITの活用が進んでいる。
そうした中、アットホームはAIを活用して、業務の効率化を図るとともに、消費者に物件の魅力を正確に伝えることを実現している。同社がどんな取り組みを行っているのか、アットホームでテクニカルディレクターとして活躍している大武義隆氏に聞いた。
別会社として独立してスピード感アップ
アットホームは2017年、AIをはじめとする先端技術を開発する部署として、「δ-labo(ディーラボ)」を立ち上げた。同部署のメンバーは当初5人、AIに詳しい人はおらず、AIの知見がある人を外部から採用したそうだ。
ディーラボが一部署として業務を進める中で、「部門を越えて相談がしづらい」「実行までに承認フローが多い」などの課題が出てきた。こうした課題を解消するため、ディーラボは2019年に別会社「アットホームラボ」として独立。現在、アットホームとアットホームラボはビジネスパートナーとして業務を進めている。
大武氏は別会社になったことで、「ビジネスのスピード感が出て、自由にやれるようになりました」と話す。
大武氏は現在、アットホームとアットホームラボ双方の業務に携わっている。アットホームラボでAIを担当しているメンバーは6人で、ほとんどが外部からの採用だ。ご存じの通り、即戦力のAI人材の採用は難しいことから、最近は素養がある人をデータサイエンティストとして教育しているそうだ。
大武氏自身、技術畑の出身ではなく、営業職、Web系サービスやシステムなどの開発を経て、現職に就いた。同氏は不動産会社の業務を理解しているため、 AIによってどんな業務の課題をどうやって解決すべきかに注力している。
AI活用で、不適切画像チェックの効率と精度を向上
アットホームでは、「不動産会社の業務効率化」と「物件の魅力を引き出す」の2点を実現するため、AIを活用している。前者を目的としたAIの活用例に、「不適切画像のチェック」がある。
不適切画像とは、物件情報と一緒に登録される外観や室内、周辺施設などの画像の中で、車のナンバーや人の顔といったプライバシー侵害の恐れのあるものが写り込んでいる画像のことを指す。
物件に関する写真は不動産会社が撮影し、撮影した写真をモザイク加工してアットホームのシステムにアップロードする。その画像を、アットホームはポータルサイトの運営元として、チェックを行ったうえで掲載している。
これまで、4人の担当者が、アップロードされた画像から抜粋して不適切画像を目検でチェックするという体制がとられていた。この体制では、すべての物件情報をチェックすることは不可能だ。そのため、不適切画像を完全にチェックできないことによるリスクが生じていた。
そこで、AIによって物件の写真を解析し、完全に不適切な画像と不適切の可能性がある画像を抽出することにした。不適切と判定された画像はAIが自動でモザイク処理をする。不適切の可能性がある画像は人手によって判定を行う。
2021年5月の実績では、約1079万件の画像のうち、18万件はAIが不適切と判断してモザイク加工まで自動で行われた。不適切の可能性があると判定された画像14万件は、人手によって約4200件が不適切と判断して削除された。これらの作業は人手にすると6000時間に達するものだという。
現在では、1名体制ですべての画像をチェックすることができ、リスクのある画像もほぼない状況とのことだ。アットホームとしてはすべての画像をチェックできるようになったことで、不適切な画像が物件情報として掲載されるというリスクを軽減できた。また、不動産会社は写真の運用に関する負荷が軽減され、また、消費者にとってもプライバシーを含んだ画像の流出が未然に防がれている。
AI活用のポイントは「学習データの整備」
大武氏に、この「不適切画像チェック」の仕組みを構築するにあたっての苦労を聞いたところ、以下の答えが返ってきた。
「学習データの整備に苦労しました。例えば、自動車のナンバーを学習データとする場合、不動産の物件情報としてよくある画像に対してナンバーが写りこんでいるものを用意する必要があります。自動車やナンバーがメインの画像は適しておらず、AIの活用においては学習が重要であり、正確な学習データを大量に用意する必要があります」
ちなみに、同社はAIの学習データを作成する海外の企業を利用することもあるという。その理由は、日本の企業はデータの質は高いが、値段も高いからだそうだ。
さらに、AIを活用したプロジェクトを進めるコツを大武氏に聞いてみたところ、「私はプロジェクトを進める役割を担っているため、AIモデルの細かいロジックの把握に時間を割かないようにしています。ビジネス部門の人がわかりやすい形で、AIについて伝えるようにしています」とのことだ。
精度にこだわってAIを使わないと問題が放置される
AIを導入するにあたって、現場の人に使ってもらえるかどうかも課題といえる。アットホームは全国6万2000店以上の加盟店の不動産会社を抱えているが、これらの店舗を含む企業でAIはすんなり受け入れられたのだろうか。
大武氏は「完璧なAIを求めるお客様がいますが、AIを採用したシステムを紹介するとき『AIの精度は完ぺきではありません』と紹介しています。AIの精度に疑問を感じる人には、AIを使わなかったら問題が放置されてしまうと伝えています」と話す。
つまり、AIの精度にこだわって、AIを使わないでいるより、多少の精度が低くても、AIを使って全体の業務効率化を図ったほうがよいのではないかという話だ。
AIの分析は閾値によって、結果の精度が変わってくる。大武氏は、「誤判定が許されないケースは、閾値を上げて漏れがあるが間違いがない形にしています。逆に、該当データをすべて検出したい場合は、閾値を下げて間違いが生じても漏れがない形にしており、業務内容によって使い分けています。AIを業務に使う際は、データのアウトプットイメージをしっかり持つことが大切です」とも語る。
このように、アットホームではAIを活用するにあたって、AIの分析による間違いを許容するとともに、AIと人のハイブリッドでの運用を重視している。
大武氏に今後の展望についてきいたところ、「業務の効率化を進めるとともに、アットホームが提供しているサービスの質を上げていきたいと考えています。われわれはAIですべてのサービスを作りたいわけではありません。AIを活用することで、不動産会社の業務を少しでも支援していきたいです」と語っていた。
AIによるデータ活用というと、構えてしまいがちだが、アットホームでは課題解決を最上段において、その解決手段として、AIを活用している。確実に、AIを活用して人手による作業は削減されており、現場の人たちはAIの恩恵を受けている。成果が明確に出ることで、アットホームのAI活用はこれからもっと進んでいくことだろう。