リコーは11月17日、研究開発の現況と将来像に関する記者向けの説明会を開催した。同社は創業以来、より良いオフィス環境に寄与するソリューションを強みとしており、近年はオフィス機器だけでなくデジタルサービスにも注力している。現在は創業100年を迎える2036年に向けたビジョンとして「“はたらく”に歓びを」を掲げている。
シーズ段階の研究開発においては、2036年にビジョンが実現した未来を見据えながら、バックキャスティング方式で未来社会に寄与する技術開発を進めているという。そこで指針として重視しているのが、リコー創業の精神である「三愛精神(人を愛し 国を愛し 勤めを愛す)」だ。
DXの先に訪れるのは「CPHS(Cyber-Physical-Humanity System)」時代
リコーが2036年を見越して、DX(デジタルトランスフォーメーション)の先に訪れると考えているのは「CPHS(Cyber-Physical-Humanity System)時代」である。CPHS時代とは、社会の変革が個人を主体として起こり、物質的な豊かさから精神的な豊かさへと価値観が変遷した時代を指すという。また、環境への対応を含めた社会全体での豊かさが重視され、個人裁量での仕事が中心になるとしている。
リコーCTO(Chief Technology Officer:最高技術責任者)の坂田誠二氏は「CPS(Cyber-Physical System)時代ともいわれる現代社会の先の未来について、Humanityを追加したのが当社らしい考え方」と紹介していた。
リコーが発表した2022年4月-9月期の決算概要によると、中期経営計画に対して財務目標の達成見通しを変更しているものの、経営基盤の強化は予定通りの進展だという。そうした中で、2036年に向けた経営基盤強化のための長期成長戦略の中心に位置付けているのが、「HDT(ヒューマンデジタルツイン)」と「IDPS(インダストリアルデジタルプリンティングシステム = 機能するジェッティング」の2つ。
人のデジタル化を狙う「HDT」
HDTとは、言い換えると「人と機械とシステムのコミュニケーションをデザインし直す」となるそうだ。個人やチームや会社が感謝を伝搬させて、より楽しみながら創造性を発揮できる社会作りを目指す。
リコーはこれまで、ドキュメントや業務のデジタル化に貢献してきた。次に狙うのは人のデジタル化だ。特にヘルスケアの分野では、ウェアラブル端末によって人の情報をデジタル化して活用するような例も見られ始めたが、リコーはこれを人が働く環境の中で実現するという。デジタル化した人の情報をドキュメントや業務と連携させて、リアル空間にフィードバックするようなモデルを想定している。
HDTを実現するために、同社が強みとするイメージングやセンシングなどの光学技術、マイクロデバイス技術、AI(Artificial Intelligence:人工知能)技術などのコア技術を応用して、人のデジタル化に挑戦する。
これらの技術を利用して、画像や音声などから人の心理状態を把握するためのモデル開発を進める。並行して、リアルとデジタルが共存するような、無意識のうちに人の情報をデジタル化するための違和感のないセンシングに向けたインタフェース開発も進める。
HDTの具体的なアプリケーションとしては、自身のビジネススキルを客観的に把握するための1on1ミーティングが可能なAIによる仮想部下や、ミーティング中の発話量や表情から組織への貢献度や感謝をセンシングするための仕組みなどを開発しているという。また、内発的な動機を可視化してポジティブなパフォーマンスを発揮するための仕組みなども検討しているとのことだ。
ものづくりのデジタル変換を狙う「IDPS」
もう一方のIDPSは、約50年の歴史を持つリコーのインクジェット技術に由来する開発領域。個体を含むインクや粘度の高いインクなどを適切にジェッティングする同社の技術を応用し、新しい顧客価値の創造に挑戦しているという。また、絶縁性や導電性、熱伝導性などさまざまな機能を持つ材料をインク化する技術も同社の強みだ。
リコーはそれらの技術を応用して、ものづくりのデジタル変換を実現して新しい顧客価値の創造と社会課題の解決を進める。循環型社会や脱炭素社会、廃棄物レスなど持続可能な社会への貢献も目指す。
IDPSのアプリケーションの一例が、自動車の外板向けのデジタル塗装技術だ。現在主流となっているベル型の塗料噴霧機では、多くのインクが無駄になってしまっているという。また、十分な換気が必要となるため、環境維持のための電力消費も課題となっている。
こうした課題に対して、リコーは高粘度の塗料を長距離飛ばせる技術によって外板塗装を可能とすることで、塗装効率100%を実現している。材料のロスを防ぐとともに、厳密な温度管理や環境維持が不要となるため、電力消費と二酸化炭素排出量の削減にも資するのだという。
この技術を支えるリコーの次世代型インクジェットヘッドが、「GELART JET ヘッド」だ。高粘度、大粒径、大液滴塗料を吐出可能で、大面積や厚塗りにも対応する。複数のノズルを備え高周波駆動するため生産性の向上を実現している。また、これまでよりも塗料の飛翔距離が長くなったことで、曲面や凹凸面への印刷も可能となった。
リコーの研究活動について、先端技術研究所長の小林一則氏は「当社はこれまで、どちらかというとクローズドな姿勢で研究活動を続けてきたが、現在まさにオープンイノベーションな会社に変わりつつある。HDTもIDPSも当社だけでなしえるものではないので、新しい世界を作るため、世界中のパートナーと手を携えてR&Dに注力したい」とコメントした。