宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月12日、イプシロンロケット6号機の打ち上げを実施したものの、飛行中に異常が発生したため、機体を指令破壊した。第3段の分離前に、姿勢異常を検出。衛星を軌道に投入できないと判断したという。イプシロンの打ち上げ失敗はこれが初めて。指令破壊は、H-IIAロケット6号機以来、約19年ぶりだ。

  • 打ち上げ直後のイプシロンロケット6号機

    打ち上げ直後のイプシロンロケット6号機(JAXA中継より)

JAXAはこの失敗を受け、山川宏理事長をトップとする対策本部を設置。直ちに原因の調査を開始した。同日、JAXAは打ち上げ失敗について記者会見を開催。調査が始まったばかりのため、詳細についてはほとんど明らかになっていないが、現時点で分かったことについて、本記事ではまとめておこう。

何が起きたのか?

まずは、分かっている事実について並べよう。打ち上げは、予定通り9時50分43秒に実施。その後、第1段の燃焼終了、フェアリングの分離、第1段/第2段の分離、第2段の燃焼開始と、計画通りに順調にシーケンスが進んだものの、姿勢異常が見つかったのは、第2段/第3段の分離可否を判断する時点だった。

  • イプシロン6号機のフライトシーケンス

    イプシロン6号機のフライトシーケンス (C)JAXA

計画では、第2段/第3段の分離は、打ち上げの6分30秒後に実施される予定だった。しかし、その前に姿勢の異常が見つかり、このまま飛行しても周回軌道に到達できないため、分離は行わないまま、打ち上げの6分28秒後となる9時57分11秒に指令破壊のコマンドを送出。機体は爆破され、フィリピン東方海上に落下したとみられる。

なお、この領域であるが、事前に第2段の落下予想区域に設定されていた場所であり、この範囲内であれば、安全は確保されていると言える。ロケットには、「革新的衛星技術実証3号機」「QPS-SAR-3」「QPS-SAR-4」という衛星が搭載されていたが、分離前のため、ロケットとともに落下したはずだ。

会見に出席したJAXAの布野泰広理事(打ち上げ実施責任者)は、「予断を持たず、あらゆる可能性を洗い出して原因を究明したい」とコメント。報道陣からは、原因や今後に関する様々な質問が出たが、まだ確定的な情報は何も無いため、「まずは原因を究明してから」と、これ以上の言及については避けた。

  • オンラインでの会見に臨んだJAXAの布野泰広理事

    オンラインでの会見に臨んだJAXAの布野泰広理事

今回確認された事象は姿勢の異常であるため、原因として最も考えられるのは、姿勢制御に関連する機器だ。布野理事も、「まずはそれらを中心に調べていく」と、原因究明の見通しについて述べる。

姿勢制御とは、ロケットの姿勢を計画通りに保つための機能だ。イプシロンは、各段ごとに姿勢制御の方式が異なっており、まず第1段は、ノズルの向きを変える「TVC」でピッチとヨーを制御し、両サイドの「SMSJ」でロールを制御する。ピッチ、ヨー、ロールの3軸を制御することから、これは3軸制御と呼ばれる。

第2段「M-35」も3軸制御で、ピッチとヨーは第1段と同じくTVCを使用。ロール制御のためには「RCS」を搭載している。しかし次の第3段「KM-V2c」では、第2段までと異なり、姿勢制御はスピン安定で行われる。これは、ロール方向に回転させることで、回転軸の向きを安定させる方式だ。コマと同じと考えると分かりやすいだろう。

  • イプシロンの姿勢制御については、この表を参照して欲しい

    イプシロンの姿勢制御については、この表を参照して欲しい (C)JAXA

そのため、3軸制御の第2段の燃焼が終了したら、第3段のために「スピンモーター」を点火し、ロール回転を与えてから、第3段の分離を行うシーケンスになっている。

計画では、第2段の燃焼終了は、打ち上げの4分54秒後だった。今回、第2段の燃焼終了までは正常だったとのことで、ここから第3段の分離までに、何が起きたのか。姿勢異常のタイミングがスピンモーターの点火前なのか点火後なのか、詳細は現時点で不明なため推測にはなるが、スピンモーターに何か問題が発生した可能性も考えられる。

各段の動作については、フライトシーケンスの動画を見ると分かりやすい

なお、H-IIロケット8号機の打ち上げ失敗では、原因究明のため、深海からエンジンを回収したが、この作業には大きなコストがかかる。今後の原因究明次第にはなるだろうが、布野理事は「海の深いところなので難しいのでは」と、現時点では回収について否定的な見方を示した。

今後への影響は?

今回打ち上げたイプシロン6号機は、強化型の最終号機となっており、次号機以降は、新型のイプシロンSに代わることが決まっていた。イプシロンSでは、第1段がH-IIAロケットと共用の「SRB-A」からH3ロケットの「SRB-3」に変わるほか、第3段が大型化されるなどの変更もある。

強化型は今回が最後のため、イプシロンSへの影響は限定的な可能性もあるが、原因の場所次第になるので、現時点では何とも言えない。布野理事は、「まずは原因を究明する。イプシロンSに影響がある場合は検討が必要だが、同じシステムを使っていない部分の開発は進められるだろう」と、見通しを述べた。

また今回の打ち上げでは、ロケットの位置や速度を計測する「冗長複合航法システム」(RINS)の飛行実証も行っていた。このRINSは今後、イプシロンSとH3で使用する予定だが、今回のフライトで第2段までのデータは取得できていると考えられるほか、H3でも飛行実証は行う計画とのことで、「大きな影響は無いのでは」とした。

  • イプシロン6号機で飛行実証していた新型の計測装置「RINS」

    イプシロン6号機で飛行実証していた新型の計測装置「RINS」 (C)JAXA

ただ、ビジネス的には、大きな影響が懸念される。イプシロンSは今後、打ち上げ事業を民間に移管する予定だった。今回の打ち上げは、イプシロンとして初めて商業衛星を搭載したミッションであり、今後の受注獲得に向け、試金石となっていた。そこで躓いてしまったのは、あまりにも痛い。

山川理事長は、開発中のイプシロンSやH3について、「いろんな影響が出てくる可能性は否定できない」とコメント。その上で「まずは原因を正確に捉え、それに対する対策を打つことが、JAXAへの信頼を取り戻すために最も重要。これからそこに力を注いでいきたい」と、信頼回復へ全力を尽くす覚悟を示した。

  • JAXAの山川宏理事長

    JAXAの山川宏理事長