夏の様相が高まる、いや、もう夏が仁王立ちして筆者の前に対峙しているとでも言おうか。そんな暑苦しい日が増えてきたこともあり、以前にも増して虫や雑草が目に付くようになった。やれやれまたこの季節と戦わなければならないのかと、なまじ恒例行事となりつつある草むしりが筆者の頭を悩ませる。

無限の生産能力を備えた強敵「雑草軍」を相手にし、筆者の口からも愚痴という名の「雑草」が無限生産される。ただ、筆者の好きな季節は夏であり、歯がゆい気持ちであるのも確かである。

しかし、対峙する相手にも敬意を払うのが筆者の信条でもある。何を隠そう筆者は12年間、剣道をしていたのだ。武道は“礼に始まり礼に終わる”が基本である。これは相手に敬意を払うための行動であり、筆者はその理念が骨身に染みているのだ。

というわけで、毎年筆者の良きライバルとなる「雑草」について敬意を払う意も込め、今回はイネ科単子葉植物の研究を紹介したい。

北海道大学大学院農学研究院の研究グループは、数理モデルを用いて、イネ科単子葉植物の枝(分げつ)が放射状に配置するメカニズムを解明した。詳細は、「in silico Plants」誌に掲載されている。

日本人が主食とするイネ栽培種(Oryza sativa)は、栽培化※1の歴史の中で、栽培に適した形のものが選抜されてきた。その結果、現在水田に植えられているイネの稈(かん)※2は直立しており、密植可能な種である。

一方、アジアに自生する野生イネは、日本の栽培イネとは異なり、稈が地面に向かって倒れた放射状の形をしている。この形は自然条件で多く日光を受けるためと考えられてきた。

イネは茎周り左右交互に葉をつける「二列互生」植物であり、葉と同じく分げつも左右交互に枝分かれする。そのため、栽培イネは稈が一直線上に並んだ扇のような形状をしているのだ。一方、野生イネは二列互生にも関わらず、その形は放射状に広がっており、効率よく日光を受けるためと考えられているものの、このメカニズムについては分かっていない。

また、この現象は野生イネのみならず、コムギやヒエなどのイネ科植物でもみられているのだ。そこで、本研究は数理モデルと植物実験を組み合わせ、直感的には一直線に並ぶはずの稈が、放射状に配置するメカニズムの解明を試みた。

まず、野生イネ(Oryza rufipogon)と栽培イネ(Oryza sativa)を1系統ずつと、栽培イネに野生イネ型のPROG1を導入した系統を用意した。さらに重力屈性を失って稈が倒れる栽培イネのLAZY1遺伝子変異体も育てた。

そして、これらのイネ系統の主稈、分げつの三次元的な角度を毎日計測し、その動きのパターンから考えられるメカニズムを数理モデルで表現した。イネを斜めにして重力の方向を変えて育成し、その場合の角度変化も記録した。さらに、扱った系統における数理モデルのパラメータ値を求めて、遺伝子効果を定量化した。

主稈・分げつの詳細な角度測定の結果、野生イネは、分げつのみならず主稈も(はじめは上向きに育つが)倒れることが分かった。また、倒れている主稈から枝分かれした分げつに、その後起き上がる動きが見られたことから、「野生イネの稈は倒れるが重力屈性※3は失っていない」という仮説が立てられた。さらに、重力屈性を失った変異体は、分げつが倒れていても放射状には広がらなかった。このことから、放射状形成に重力屈性が関わっている可能性が示唆されたのである。

しかしここで、「本来は稈を起き上がらせる性質であるはずの重力屈性が、稈が地面を這う仕組みにどう関わっているのだろうか」という疑問が提示された。

今度は、その疑問を解明するため、実際の観察結果である「主稈が倒れる」「稈には重力屈性がある」という条件を組み込んだ数理モデルを構築し、分げつの動きをシミュレーションした。結果、枝分かれのタイミングで主稈が倒れている場合は、重力屈性が水平方向の動きを生み出していることが分かった(分げつが主稈から離れていく動きとの組み合わせによる)。

  • 分げつの動きのシミュレーション。枝分かれのタイミングで主稈が倒れている場合は上向きの動き(重力屈性)が水平方向の動きを生み出しうるということがわかった

    分げつの動きのシミュレーション。枝分かれのタイミングで主稈が倒れている場合は上向きの動き(重力屈性)が水平方向の動きを生み出しうるということがわかった(出典:北海道大学)

次に、「重力屈性を利用した放射状形成メカニズム」の存在を実験によって確かめた。ここでは、(1)野生イネにも重力屈性がある証拠と(2)その重力屈性が放射状形成に必須であること、この2つを示す必要がある。

(1)を示すために、野生のイネの苗を暗闇で横に寝かせて経過観察した。その結果、野生イネには重力屈性があることが確認された。また、(2)を示すため、植物を斜めに育てる、すなわち重力の向きを変えて成長の記録をした。その結果、放射状にはならない場合があることが分かった。

  • (左)野生イネの稈が放射状に這うのに対し、栽培イネの稈は直立し、扇状に開く。(右)重力屈性(赤)と主稈から離れる動き(青)が組み合わさることで、放射状を作る動き(黒、水平方向の動きを含む)が生み出される

    (左)野生イネの稈が放射状に這うのに対し、栽培イネの稈は直立し、扇状に開く。(右)重力屈性(赤)と主稈から離れる動き(青)が組み合わさることで、放射状を作る動き(黒、水平方向の動きを含む)が生み出される(出典:北海道大学)

これらのことから、野生イネは重力屈性を利用して放射状に地面を這うということが明らかになったのである。

さらに、角度測定からわかったことは、野生イネ型のPROG1を栽培イネに導入しても、分げつは倒れるようになるもの、主稈は倒れず、放射状にはならないということだ。このことから、野生イネの放射状形成をつかさどる遺伝子が少なくともPROG1だけではないということも明らかになった。

研究グループは、この研究を起点として葉序※4研究と重力屈性研究を結ぶ植物全体のモデルを考えることで、多様な植物の形がどうやって出来上がるかの理解につながることが期待されるとした。

当たり前のように身近にある雑草などの植物。当たり前すぎて知りたいとも思っていなかったからだろうか、知ってみると意外と面白いものであると気づかされる。

今年の夏休みにでも、子供の自由研究で身近な雑草について親子そろって調べてみるのもおもしろそうだ。

文中注釈

※1:人類の農耕の歴史の中で、野生の植物を栽培に適した作物に改良する過程
※2:イネ科植物の茎のこと。同研究ではイネの葉のうち、筒状になっている部位である葉鞘も含めて稈と呼ぶ
※3:重力屈性は重力によって引き起こされる屈性で、植物の茎は重力とは逆向きに、根は重力の向きへ伸張する性質を持つ(出典:日本原子力研究開発機構)
※4:植物の葉の並び方