「私は誰とでも分け隔てなく会話でき、御社でもこの能力を使って貢献したいと思っております!」

筆者の目に余る例文はさておき、企業の採用面接で、“コミュニケーション能力”をアピールする就活生は枚挙にいとまがない。

それはそうだ。

あらゆる企業の採用ページには、この“コミュニケーション能力”を基盤とした人材を欲しており、世はまさに大コミュニケーション時代といっても過言ではなかろう。他人と円滑な意思疎通を図り、その集団をより良い方向へと導くためにも確かに必要な能力と言えよう。

しかし、読者諸君は知っているだろうか。

このコミュニケーション合戦は、なにも地上戦だけではなく地下でも繰り広げられていることを。まったく知る余地もないだろう。なんせ靴底の、そのまたさらに下の土中の物語など、耳を地表に近づけても聞こえやしない。

そのため今回は、筆者が代わってその物語について紹介しようというのだ。ぜひ、読んでいただきたい内容である。

本物語の主役は「ロンギスタミナータ」という名のイネ科植物である。

名古屋大学大学院生命農学研究科の研究グループは、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所、島根大学、新潟大学、東京大学、理化学研究所環境資源科学研究センターとの共同研究で、地下茎で繁殖するイネ科植物が、地下茎※1を介した情報のやりとりによって、不均一な窒素栄養環境に巧みに応答して成長する仕組みを新たに発見したのだ。

詳細は、学術誌「Plant Physiology」に掲載されている。

一般的な植物は、開花、受精により結実し、種子を形成することで繁殖する(種子繁殖)。一方、竹や芝など、地下茎と呼ばれる器官を分枝させながら伸長させることで、生育範囲を拡大させることで繁殖を可能とする植物種も存在する(栄養繁殖※2)。

このような種は、一面を覆うほどに広がった無数の株(ラメット※3)が、地下では地下茎とつながり、個体としては単一である場合もある。このラメットは地下茎を介してつながっており、ラメット間で水や養分などの移動が行われているが、環境応答のための情報をどのようにやりとりしているのかは不明であった。

そこで、研究グループは土壌中に不均一に存在する窒素栄養に対し、地下茎で繁殖する植物が、ラメット間でどのような情報をやりとりして応答しているのかについて、野生のイネである「Oryza longistaminata(オリザ・ロンギスタミナータ、以下ロンギスタミナータ)」を研究材料にして解析した。

まず、不均一な栄養条件を模した水耕栽培実験系を確立し、地下茎で2つのラメットが「連結された、ロンギスタミナータラメット対の片方を窒素欠乏条件に、もう片方を窒素十分条件に置いた。

  • A:ロンギスタミナータの草姿。地下茎から多くのラメットが成長している。スケールバー10cm。B:実験に用いたラメット対。2つのラメットが地下茎の隣接する節から伸びている。スケールバー15cm。C:不均一窒素栄養条件を模した水耕栽培系の模式図。真ん中の実験区が不均一処理区。左右はそれぞれ均一窒素豊富条件と均一窒素欠乏条件

    A:ロンギスタミナータの草姿。地下茎から多くのラメットが成長している。スケールバー10cm。B:実験に用いたラメット対。2つのラメットが地下茎の隣接する節から伸びている。スケールバー15cm。C:不均一窒素栄養条件を模した水耕栽培系の模式図。真ん中の実験区が不均一処理区。左右はそれぞれ均一窒素豊富条件と均一窒素欠乏条件(出典:名古屋大学)

すると、窒素十分条件のラメット根におけるアンモニウムイオン吸収量や、それに関わる輸送体遺伝子「OIAMT1;2」、「OIAMT1;3」の発現が、両方のラメットを窒素十分条件に置いた場合よりも上昇していることが分かった。

  • 不均一窒素条件における窒素十分側でのラメットでのアンモニウムイオン吸収の相補的な促進

    不均一窒素条件における窒素十分側でのラメットでのアンモニウムイオン吸収の相補的な促進。A:アンモニウムイオン吸収速度の比較。B:アンモニウムイオン輸送体遺伝子AMT1;2、AMT1;3の発現解析。アンモニウムイオン吸収速度もAMT1;2、AMT1;3遺伝子の発現も、均一窒素条件よりも不均一窒素十分条件のほうが高くなっている。(出典:名古屋大学)

この結果は、窒素栄養供給が不均一なラメット間では、欠乏側のラメットから何らかの情報が発信され、十分側のラメットでより多くの窒素を獲得するように、遺伝子の発現調節が行われていることを示唆する。

不均一状態においたラメット対の成長様式を数週間に渡って観測したところ、窒素十分側のラメットには新たな腋芽の伸長が、両方のラメットを窒素十分条件に置いた場合よりも促進されていた。

  • 不均一窒素条件における窒素十分側のラメットでの腋芽伸長の促進。均一窒素十分条件よりも腋芽伸長が活発に行われている

    不均一窒素条件における窒素十分側のラメットでの腋芽伸長の促進。均一窒素十分条件よりも腋芽伸長が活発に行われている(出典:名古屋大学)

さらに、遺伝子発現を詳しく解析したところ、OICEP1遺伝子の発現が、窒素欠乏側のラメットの根で著しく上昇していた。

  • CEP1遺伝子の窒素欠乏条件での誘導

    CEP1遺伝子の窒素欠乏条件での誘導(出典:名古屋大学)

そこで、合成CEP1ペプチド※4をラメットペアの片方の根に与えたところ、もう一方のラメットの根で、OIAMT1;2、OIAMT1;3遺伝子の発現が上昇した。

これらの結果は、栄養繁殖をするロンギスタミナータのラメット群が空間的に不均一な窒素栄養条件に晒された場合、窒素が不足する側のラメットからCEP1情報を受け、窒素が豊富にある側のラメットで、より多くの窒素を吸収・同化し成長を優先させることで、群集として不均一な窒素栄養環境に応答しながら成長していることを示唆している。

  • 不均一窒素(N)条件に応答したロンギスタミナータの応答機構モデル

    不均一窒素(N)条件に応答したロンギスタミナータの応答機構モデル(出典:名古屋大学)

研究グループは、同研究成果は、植物の栄養環境に応答した、成長制御機構の多様性の理解に貢献するものだとしており、ロンギスタミナータや竹など、地下茎により繁殖する植物の多くは生育が旺盛であるため、施肥管理による植物バイオマスの生産性向上への応用が期待されるとした。

文中注釈

※1:地中で伸長する茎。地上茎と同様に節と節間、腋芽からなる単位から構成される。
※2:植物の生殖様式の一つで、受精による胚・種子の形成を経由せずに根・茎や葉などの栄養器官から、次世代の植物が形成されることで増殖する繁殖様式のこと。
※3:栄養繁殖を行う植物において、葉と茎からなる地上茎と根からなる植物体のこと。ラメットは地下茎などにより連結されており、一つの親ラメットに由来する群落は、遺伝的に同質である。
※4:15アミノ酸からなるホルモン様ペプチド。根から葉へのシグナル分子として働く。