これまでは“地点の移動”だった交通が、デジタル化により大きく変わりつつある。東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)ではMaaS(Mobility as a Service)を事業戦略の重要な柱とし、新しい鉄道の姿を模索している。ポイントは「ヒト起点」だ。
2月24、25日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2022 for LEADERS DX Frontline―変革の第一歩を」では、JR東日本で常務執行役員 MaaS・Suica推進本部長を務める根本英紀氏が登壇。同社の取り組み、実現したい姿などについて話した。
中長期ビジョンで外部と連携した新サービスを展開 - 中心は「ヒト」
コロナ禍で人の移動スタイルが激変し、鉄道は大きな影響を受けた。首都圏を中心に1700近くの駅を結ぶ7400キロのネットワークを持つJR東日本も例外ではない。
同社がMaaS戦略を掲げたのは、2018年に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」だ。当時10年のスパンで変化を予想して立てたビジョンだったが、コロナの流行により予想していた変化が一気に起こった。そこで、取り組みのペースを加速させているという。
変革2027は、人々の生活を豊かにする「ヒト起点」という考え方が大きな特徴だ。鉄道による輸送だけでなく、駅ビル、ホテルなどの生活サービス、「Suica」を中心とした電子マネーサービスなど、「リアルなネットワークとリアルなタッチポイントを活用し、外部との連携を通じて新しいサービスを作っていこうとしています」と、根本氏は説明する。
そこで重要なファクターと位置付けるのがMaaSだ。鉄道、そして鉄道以外にもあらゆる交通機関とシームレスにリンクし、交通事業以外の企業ともつながることを目指す基盤として、MaaSプラットフォーム「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」の構築・拡充を進めている。
JR東日本にとって、このように外部を巻き込んでいく施策は、Suica普及のための取り組みで経験済みだ。根本氏は、Suicaの発行枚数が8800万枚以上、利用可能な店舗は125万店以上で、他の鉄道事業者との相互利用も実現していることに触れながら、「MaaSでも多くの事業者の皆さまと連携して、シームレスな移動、ストレスフリーな移動を実現していきたいと考えています」と語る。
都市、都市間、地方の移動 - MaaSの3つのシーン
JR東日本のMaaSは、「リアルとデジタル」「住んでいる人と訪れる人」「長く幅広いエンゲージメント」「地域のプレーヤーとの信頼関係」の4つを念頭に置いて進められている。カバーする移動シーンは、都市、都市間、地方の移動の3つだ。
全ての移動シーンの土台となるのはJR東日本の公式アプリである「JR東日本アプリ」。2014年3月のリリース以来、すでに約600万回のダウンロードがあり、月間利用者は約60万人だという。
このアプリには経路検索や、運行情報の閲覧といった機能があるが、現在強化をしているのがリアルタイム機能である。リアルタイムで電車遅延を反映した経路検索結果を表示したり、混雑情報を提供したりしている。
都市や都市間ではJR東日本アプリを土台に、新幹線など列車の座席予約ができる「えきねっと」と連携する。経路検索では、航空会社の予約サイトへのリンクも実現。首都圏では駅の外に出ると、「Ringo Pass」によりバス、タクシー、シェアサイクルなどの移動手段までサポートしている。
地方の移動においては、その地域の住民と観光客の両方をターゲットに設定した地域観光型MaaSに取り組んでいる。各地で複数の実証実験を展開してきたが、その1つが2019年に東急と共同で取り組んだ「Izuko」だ。当初はアプリとしてスタートしたが、観光客は、毎月のように観光地に行くわけではない。そのため、わざわざアプリをダウンロードするのは抵抗があると考えられたことから、Webサービスのかたちに変更した。この学びを受け、その他の地域観光型MaaSもWebサービスで提供しているという。
2021年4月には、東北DC(デスティネーションキャンペーン)の開催に合わせ、東北6県8エリアで「TOHOKU MaaS」を開始した。Web上でお薦めの観光地をレコメンドしたり、約100種類の電子チケット、約200店舗のレストランや観光施設などの施設で使えるチケットやクーポン特典などのサービスを提供している。
東北DC期間中に4エリアで展開していたというオンデマンド交通は、乗合バスとタクシーの中間のようなサービスで、予約に応じて運行する乗り合い型の移動手段だ。観光客だけでなく地域に住む人にも使ってもらえるように、Webに加えて電話でも予約できるようにした。電話予約が28%を占め、住民の生活の足としても活用されているという。
最近のサービス展開としては、軽井沢で今年1月にサービスインした「回遊軽井沢」がある。西武ホールディングスとの包括連携に基づくもので、軽井沢フリーパスなど交通の電子チケット、飲食・観光などの電子チケット、オンデマンド交通などのサービスが提供される。TOHOKU MaaSの学びを活かし、「日本でも1、2を争うメジャーな観光地の軽井沢で、MaaSを実体験してもらう機会を増やしていきたいと思います」と、根本氏は決意を語る。