商品の製造や販売を行う企業が、原料や製品の発注数を最適化し、過剰在庫や欠品のリスクを回避する上で、より高精度な需要予測が要となることは言うまでもない。だが、過去の販売データがない新製品の場合、同種の製品の傾向や市場調査、担当者の知見、経験を基に予測するしかなく、その精度には限界がある。

ここにAIを活用し、需要予測の精度向上を実現したのが資生堂だ。当初は期待した結果を得られなかったものの、原因を分析し、専門のチームを立ち上げて再挑戦することで高精度な予測モデルの構築に成功したのである。

今回、プロジェクトを担当した資生堂ジャパン プレステージ事業管理部 Sales & Operations Planning グループマネージャー 山口雄大氏に、今に至るまでの道のりや今後の展望についてお話を伺った。

  • 山口雄大氏

    資生堂ジャパン プレステージ 事業管理部 Sales & Operations Planning グループマネージャー 山口雄大氏

成功事例が見当たらないからこそ「チャンス」

2007年、資生堂に入社した山口氏は、営業の経験を経た後、サプライネットワーク部門で10年以上需要予測を担当してきた。2022年2月には『すごい需要予測 不確実な時代にモノを売り切る13の手法』(発行:PHP研究所)を上梓するなど、需要予測の専門家、いわゆるデマンドプランナーとして活躍している。そんな山口氏をしても、新製品の需要予測は長らくの課題だった。

通常、製品を製造・販売する際には過去の実績をベースに、その時々のマーケティング計画や市場トレンドなどを加味して需要予測を行うことが多い。だが、当然ながら新製品には過去の実績がない。そこで山口氏の場合、2つの方法でアプローチしているという。

「一つは類似製品をベンチマークにして予測するパターン。もう一つは目標をベースに、それを達成するためにはどのようなマーケティング、営業活動をすればよいかを考えるパターンです。もちろん、どちらのアプローチでもプロフェッショナルの知見に頼るだけでなく、データ分析が重要になりますが、新製品では世界でも支配的なモデルはないため、複数のアプローチを組み合わせることが有効だと考えています」(山口氏)

一般に、企業では前年の実績よりも高い目標を掲げる。前年よりも良い成績を上げるために、営業やマーケティング担当者は過去のデータなどない、新しい施策を編み出そうと考える。

「例えば、発売から3カ月間で1万本売れるという予測が妥当でも、目標は1万5000本だとしたら、5000本を埋めるために皆がいろいろ考えるんです。結果、2000本でも増えれば、企業は成長します。新製品の予測はここが面白いところで、(ベンチマークベースと目標ベースの)どちらかだけではダメなんです。ビジネスにおける需要予測の目的は、当てることではなく、キャッシュフローの創出による企業の成長支援です」(山口氏)

とは言え、新製品の需要予測は、いずれの業界においても試行錯誤されているところであり、既存製品の予測に比べて倍以上の誤差が発生するのは世界でも珍しくないという。

これを打破する方法を模索していた山口氏は、2017年にAIを利用する機会を得た。その際使ったツールは分類を得意としていたため、類似分類によって需要予測のベースになるベンチマーク品を選出しようと試みたのだが、PoCで期待したような精度が全く出ず、採用は見送られた。

AIに新製品の需要予測はまだ難しいかと思われたちょうどその翌年、社内で経営戦略部門が中心となり、各事業部のスペシャリストを募ってAI活用を推進し始めたのである。すでに需要予測でAIの利用を試していた山口氏にも、当然声がかかった。そこでこれまでの取り組みを説明したところ、DataRobot社が提供するAI Cloudプラットフォーム「DataRobot」を紹介されたのだという。DataRobotならば、需要予測を直接数値で弾き出せることを知った山口氏は、再度、新製品の需要予測に使ってみたいと考えた。

既存製品に関しては古典的な統計予測の精度が高いため、少なくとも現状、AIを使う必要性はあまりない。一方、新製品の需要予測精度は社内でも課題となっている上、この分野へのAI活用に関しては他業界を含め、目立った成功事例は聞こえてこない。だからこそ、山口氏は「チャンスだ」と考えたのだ。