史上まれに見る大接戦の末、劇的な結末を迎えた2021年のフォーミュラ1(F1)世界選手権。それから早3か月、2022年シーズンが幕を開けた。

今シーズンは「過去40年で最大の変化」とも称される規約変更がもたらされ、各チームのマシンの姿かたちは、昨シーズンから大きく変貌した。

そんな中、昨年惜しくもドライバーズ・タイトルを逃したメルセデスAMG F1が開発した「W13」は、他に類を見ないスリムな形状で大きな話題となっている。まるでマシンの側面を大きく削ぎ落としたような、「ゼロ・ポッド」と呼ばれるこの形状。実現した背景には、「リアクション・エンジンズ(Reaction Engines)」という英国の航空宇宙メーカーの存在があるという。

  • リアクション・エンジンズ

    リアクション・エンジンズが開発中のスペースプレーン「スカイロン」の想像図。このエンジンに使われている技術が、メルセデスAMG F1の2022年マシンに応用されているという (C) Reaction Engines

ゼロ・ポッド

F1マシンの多くは、ドライバーが乗るコクピットの側面からマシン後方にかけて、「サイド・ポッド」という膨らんだ形状をもつ。

サイド・ポッドの前面には、空気を取り入れるための開口部があり、そして内部にはラジエーターなどの冷却システムが入っている。開口部から入ってきた空気を使って、ラジエーターを機能させ、そしてエンジンなどを冷やしている。

ところが、W13はこのサイド・ポッド部がほとんど膨らんでおらず、とてもスリムな形状をしている。開口部もきわめて小さい。まるでサイド・ポッドそのものがないように見えることから、ゼロ・ポッドとも呼ばれている。これにより、空気抵抗と質量の両方を低減し、パフォーマンス向上を図っているものとみられる。

この実現のためには、従来よりもきわめて小さく、それでいて効率のいい画期的な冷却システムを開発する必要がある。そして、その立役者として噂されているのが、英国にある航空宇宙メーカーの「リアクション・エンジンズ(Reaction Engines)」である。同社は熱交換器の分野において、世界有数の高い独自技術をもっており、それがW13のゼロ・ポッドの実現に寄与したと考えられているのである。

リアクション・エンジンズとは?

リアクション・エンジンズは、1989年に英国のオックスフォードシャーで設立された企業で、「スカイロン(Skylon)」と呼ばれるスペースプレーン(有翼の宇宙往還機)の研究開発を行っている。

2025年以降の初飛行を目指し、現在は「SABRE(Synergistic Air-Breathing Rocket Engine、セイバー)」と呼ばれるエンジンが開発中の段階にある。

SABREの最大の特長は、空気を吸い込んで燃料(液体水素)と燃やし、そのガスを噴射して飛ぶ「ジェットエンジン」モードと、機体のタンクに入れた液体酸素と液体水素を燃やして飛ぶ「ロケットエンジン」モードとで、切り替えて動かすことができるところにある。

これによりスカイロンは、まるで飛行機のように飛んで宇宙へ行って帰ってくることが可能になる。まずジェットエンジン・モードで滑走路から普通の飛行機のように離陸し、そして約マッハ5、高度約30kmに達したところでロケットエンジン・モードに切り替え、宇宙へ駆け上がる。地球の周回軌道に乗り、衛星を軌道に投入するなどのミッションを実施したのち、減速して大気圏に再突入し、滑走路に着陸して帰還する。飛行機と同じように燃料の補給やメンテナンスなどを行うことで、繰り返し飛ぶこともできる。

打ち上げ能力は地球低軌道に約15t、1回あたりの飛行コストは約500万ドルを目指すとされる。

  • リアクション・エンジンズ

    スカイロンに装備される「SABRE」エンジンの想像図。空気を吸い込んで動くジェットエンジン・モードと、ロケットエンジン・モードを切り替えて動かすことができ、このエンジンだけで離陸から宇宙飛行までこなすことができる (C) Reaction Engines

ここで問題になるのが、マッハ5前後で飛行中における、ジェットエンジン・モードでのエンジンの冷却である。空気が超音速、極超音速でエンジンに入ってくると、ラム圧による圧縮効果によって約1000℃と高温になり、エンジンが耐えられなくなる。通常のジェットエンジンは、熱に耐えられる銅やニッケルなどの重い合金を使ったり、圧力比を下げたりして溶けないようにしているが、スペースプレーンはとにかく軽く、またエンジンの性能を落とさないように造る必要があるため、同じ方法は使えない。

そこでSABREは、エンジンの前部にヘリウムガスを使ったプリ・クーラー(予冷器)を装備。入ってきた約1000°Cの空気を、-150℃にまで強制的に冷却する。これにより、軽い合金を使うことができ、エンジンの軽量化が可能になり、また圧力比を下げなくていいどころか、むしろ通常のジェットエンジンよりも高められるため、高い性能を発揮することができる。

また、熱交換によって高温になったヘリウムは、地上での滑走や亜音速~超音速時にエンジンを動かすためのエア・コンプレッサーの動力源としても使われる。通常のジェットエンジンは、燃料を使った燃焼ガスを使ってコンプレッサーのタービンを駆動するが、ヘリウムを使うことでエンジンの効率を向上させることができる。

さらに、ヘリウムはエンジン内を循環しており、高温になったヘリウムは、燃料として積んでいる液体水素を使って冷却され、ふたたびプリ・クーラーへ戻って冷却に使い、コンプレッサーを動かし、さらに液体水素で冷やす――というサイクルを繰り返している。

このプリ・クーラー技術は、2019年10月に、マッハ5の速度までの技術実証に成功している。

そして、このプリ・クーラーに使われる熱交換器の技術は、他の分野にも応用ができる。リアクション・エンジンズでは、発電所などのエネルギー分野、亜音速で飛行する一般的な飛行機、電気自動車などの分野で役立つとし、さまざまな企業と技術提携、技術提供も行っている。

モータースポーツもまた、その恩恵を大いに受ける分野であり、そしてメルセデスF1 W13が超コンパクトなサイド・ポッドや冷却システムを実現できた背景には、SABREの熱交換器技術があったものと推測されているのである。

ロケット由来の技術によって、ロケット・スタートを決めて王座奪還を果たせるのか、それとも他のチームが立ちふさがるのか。全23戦からなるF1 2022年シーズン、その一挙手一投足から目が離せない。

  • リアクション・エンジンズ

    リアクション・エンジンズの熱交換器技術のモータースポーツへの応用例 (C) Reaction Engines

参考文献

Wolff ‘really proud’ of striking Mercedes sidepod concept after it debuts in Bahrain | Formula 1(R)
Reaction Engines - Making Beyond Possible ・ SABRE
Reaction Engines - Making Beyond Possible ・ Motorsport
Reaction Engines - Making Beyond Possible ・ Reaction engines test programme fully validates precooler at hypersonic heat conditions
Mercedes F1 car borrows "a few tricks" from rocket technology