2022年2月24日に始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。その背景で、欧州のロケットが大きな打撃を受けている。

すでに、ロシアから輸入している「ソユーズ」ロケットの打ち上げは中断。さらに、欧州製の小型ロケット「ヴェガ」やその後継機も、一部にウクライナ製のロケットエンジンを使用しており、その先行きには暗雲が立ち込める。

ソユーズやヴェガは、欧州の安全保障・防衛にかかわる衛星の打ち上げや、商業打ち上げで活躍。事態が長引けば、欧州の宇宙開発、ひいては世界の宇宙開発にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

  • 南米仏領ギアナにある、欧州のギアナ宇宙センターから打ち上げられるソユーズ・ロケット

    南米仏領ギアナにある、欧州のギアナ宇宙センターから打ち上げられるソユーズ・ロケット (C) ESA-S. Corvaja, 2012

欧州のソユーズ・ロケット

欧州は現在、大型ロケット「アリアン5」、中型ロケット「ソユーズ」、そして小型ロケット「ヴェガ」の、3機種のロケットを運用している。ロケットを大・中・小と揃えることで、多種多様な衛星の打ち上げに、柔軟に対応できるようになっている。

これらのロケットは、欧州のロケット運用会社「アリアンスペース(Arianespace)」が、欧州のロケットとして運用している。打ち上げ場所も、南米仏領ギアナにある、欧州のギアナ宇宙センターを使う。また、アリアン5はアリアングループ、ヴェガはアヴィオと、どちらも欧州の企業によって製造されている。

しかし、ソユーズだけは、ロシアで製造されたものを輸入して打ち上げており、つまりロシア製のロケットを欧州のロケットとして運用するという、少し奇妙な状態となっている。

ソユーズはロシアでも主力のロケットであり、その原型は世界初の大陸間弾道ミサイル(ICBM)であり、そして初の人工衛星「スプートニク」や有人宇宙船「ヴォストーク」を打ち上げた「R-7」にまでさかのぼる。以来、改良を重ねつつ、その姿かたちはほぼそのまま、半世紀以上にわたり運用。小型・中型衛星のほか、有人宇宙船「ソユーズ」や、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を補給する無人補給船「プログレス」などの打ち上げで活躍している。

このソユーズが欧州にやって来ることになったきっかけは、1990年代にまでさかのぼる。当時、経済危機に陥っていたロシア連邦は、外貨獲得の手段として、ソ連時代から培い、そしてその大部分を受け継いだ宇宙技術の輸出に力を入れていた。

一方欧州も、ソユーズの高い実績、信頼性、低価格に目をつけた。アリアン5より小さな中型ロケットを運用することで、打ち上げ能力を補完し、宇宙輸送の競争力、柔軟性の向上を図ろうとしたのである。さらに、将来的に有人宇宙船の打ち上げにも使うという目論見もあった。

また、別の観点では、ロシアがもつ宇宙技術の拡散を防ぐという狙いもあった。ロシアが外貨獲得のため、政情不安定な国や地域、テロリストなどの非国家主体などに技術を売り渡す危険があったことから、欧州が買い支えることでそれを抑えようとしたのである。

ESAをはじめ、欧州の宇宙開発において中心的な役割を果たしているフランスは、一貫して米国やロシアとも距離を取る政策を続けており、それが「アリアン」という独自のロケットを、自力で開発する動機にもなった。そのフランスが、ソユーズの輸入を決めたというところに、それだけ大きな価値と可能性があったということが現れている。

まず1996年には、欧州とロシアの宇宙企業が共同で出資する形で、ソユーズ・ロケットの商業打ち上げを行う「スターセム(Starsem)」が設立。1999年には、ロシアのバイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)から、スターセムによるソユーズの商業打ち上げが始まった。

そして2003年には、ギアナ宇宙センターからソユーズ・ロケットを打ち上げる計画が開始。ロシアと欧州の技術者が共同し、発射台や組立棟の建設が行われたほか、欧州側の要求に合わせ、ソユーズ・ロケットの改修も行われた。これらの計画は大幅に遅れたものの、2011年10月21日から打ち上げが始まった。

  • ギアナ宇宙センターにあるソユーズの発射施設とソユーズ・ロケット

    ギアナ宇宙センターにあるソユーズの発射施設とソユーズ・ロケット (C) ESA - S. Corvaja, 2011

欧州のソユーズ・ロケットの打ち上げ中断

こうした打ち上げが始まった欧州のソユーズ・ロケットは、欧州独自の全地球衛星測位システム「ガリレオ」の衛星や、フランス・ドイツ共同の偵察衛星「CSO」といった安全保障・防衛にかかわる衛星や、商業衛星、科学衛星などを打ち上げ、欧州の主力ロケットのひとつとして活躍を続けてきた。

しかし、2月24日から始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、EU(欧州連合)や英国はロシアに対する制裁措置を決議した。

それに反発する形で、ロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスは2月26日、「ギアナ宇宙センターからのロケット打ち上げにおける欧州との協力を停止する。打ち上げ要員を含む技術者・作業員を引き上げる」と発表。打ち上げにはロシア側の作業員が不可欠であり、その後、技術者・作業員が実際に帰国したことで、ギアナ宇宙センターからのソユーズ打ち上げは無期限延期となった。

一方、スターセムが行う、バイコヌール宇宙基地などロシアからのソユーズ打ち上げについても、経済制裁と、それに対するロスコスモスの反発により、無期限延期となっている。

これに前後してロスコスモスは、ロケットに描かれた各国の国旗のうち、制裁措置を取った国をシールを貼って削除。また、ロケットを運搬する車輌に、ウクライナに侵攻したロシア軍兵器を示す「Z」、「V」といった文字を書くなど、前代未聞の行動をとった。ロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン総裁は、これらの様子をSNSで嬉々として拡散。ロスコスモスはもはやガバナンスが機能していないことを窺わせた。

アリアンスペースは、「ロシアによるウクライナ侵攻に対して国際社会(欧州連合、米国ならびに英国)が決議した制裁措置を尊重する」としたうえで、「ロシアがギアナ宇宙センターから引き揚げ、ソユーズの打ち上げを中断することを一方的に決定したことによって、大きな危機に直面している」との声明を発表している。

欧州にとって、なくてはならない存在となっていたソユーズの打ち上げと、約10年に及ぶ欧州とロシアの蜜月関係は、突如として破綻。欧州の宇宙開発にとって大きな打撃となった。

  • EUなどからの制裁措置に反発し、ロケットの支援車輌に、ウクライナに侵攻したロシア軍兵器を示す「Z」、「V」といった文字を書くロスコスモスの職員

    EUなどからの制裁措置に反発し、ロケットの支援車輌に、ウクライナに侵攻したロシア軍兵器を示す「Z」、「V」といった文字を書くロスコスモスの職員 (C) Roskosmos