東京慈恵会医科大学(慈恵医大)は3月11日、小児および成人の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者および健常対照者より採取した臨床検体に対し、シングルセル・マルチオミクス解析を実施した結果、小児と成人での免疫応答の違いから、一般的に小児が重症化しにくい理由を明らかにしたと発表した。
同成果は、慈恵医大 呼吸器内科の吉田昌弘助教(英・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)研究員)、UCLのマルコ・ニコリッチ博士、ウェルカムサンガーインスティテュート(WSI)のケルスティン・マイヤー博士らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
小児の新型コロナの臨床症状は、一般的に成人と比較して軽度であることが知られており、致死率も100万人あたり2人程度と報告されている。しかし、小児と成人で異なる臨床経過を呈する分子的背景は十分に解明されておらず、これらの免疫応答の違いなどを明らかにすることで、重症化しやすい患者の同定や、新たな治療ターゲットの発見に向けた手がかりが得られることなどが期待されている。
そこで研究チームは今回、UCLの関連病院に入院した、無症状から重症例までの新型コロナ患者を対象として鼻腔ブラシ、気管支ブラシ、血液検体を採取し、シングルセル・マルチオミクス解析を実施することにしたという。小児新型コロナ患者19例および成人新型コロナ患者18例、ならびに健常対照者として41例の小児・成人の検体解析として、計65万9217個の細胞について詳細な分析を行ったところ、気道では59種類の細胞、血液中には34種類の細胞種が同定されたとする。
個々の細胞のRNA発現、タンパク質の発現をもとに解析が行われたところ、以下の3点が主な理由として判明したという。
- 小児の免疫系は成人が「獲得免疫」が優位なのに対し、「自然免疫」が優位であること
- 健康な小児の気道はすでにインターフェロン活性化状態にあり、感染後速やかにウイルスの増殖を制限できること
- 小児新型コロナでは血液中の細胞傷害性免疫細胞の反応が成人に比して軽度であること
小児と成人では免疫系のバランスが異なっており、小児では自然免疫が優位であるため、危険なウイルスや細菌を自動的に認識する能力が高く、血液中では未知の病原体に適応できるナイーブなB細胞やT細胞の活性化が見られたという。
一方、成人はより適応的な獲得免疫が優位であるため、過去の病原体への曝露によって記憶されたメモリーB細胞やT細胞の無数のレパートリーを元に、再度の感染に迅速に対応できるようになっているという。成人の免疫系でも自然免疫は機能しているが、小児の方が、より高度に活性化されていることが示されたとする。
また、ウイルスに対する生体の主要な防御機構として、抗ウイルス活性を持つタンパク質で、免疫細胞を活性化することでウイルスの増殖抑制や感染細胞の除去に中心的な役割を果たすインターフェロンがあるが、健康な小児の気道においては、免疫細胞がすでにインターフェロンにより活性化されており、感染早期にさらに高度に活性化されることが確認されており、このことが鼻腔などの初期感染巣でウイルスの増殖を早期に制限するのに役立つことが考えられるとする一方で、成人の気道では自然免疫の立ち上がりが遅いため、ウイルスが体内の他部位に拡散しやすく、感染の制御がより困難となりやすいことがわかったとする。
さらに、成人の血液中には、ウイルスに感染した自己の細胞を除去する機能を有する、さまざまな種類の細胞障害性免疫細胞が高度に認められたが、長期に活性化状態が続くと、臓器障害が引き起こされることがあるとされている。小児の新型コロナ感染患者では血液中の細胞傷害性免疫細胞の反応は成人と比べて軽度であることが確かめられたという。
今回の研究結果について研究チームでは、新たに新型コロナと診断された患者の鼻腔インターフェロンレベルを測定することが、重症化リスクの層別化に有用であることを示唆するものであるとしており、これにより、例えば高価で供給量に限りがあるモノクローナル抗体などの治療について、鼻腔インターフェロンレベルの低い高リスク患者を対称とすることが可能となるとするほか、最近、吸入インターフェロンベータ1aの治療効果が証明されつつあることから、今回の試験結果に基づけば、インターフェロンの活性が弱い患者に、特にその効果が期待できると考えられるとしている。