2022年1月に電子帳簿保存法(以下、電帳法)が改正を迎え、2023年には適格請求書等保存方式(以下、インボイス制度)の施行が控えている。このように大きく市場が揺れ動く中で「堅調な成長を遂げられた」と話す弥生の代表取締役社長を務める岡本浩一郎氏に、2021年の振り返りと2022年の抱負を聞いた。

--2021年を振り返ってみて、どんな年でしたか

岡本氏:2021年は大きな法令改正などはありませんでしたが、堅調な成長を遂げられた年でした。急成長というわけではありませんが、ビジネスとして着実に成長できたと思います。われわれは常に中長期的な視点でビジネスに取り組んできました。デスクトップ型だけではなくクラウド型の製品にも力を入れ始めて約10年が経ちますが、双方が両輪としてうまく駆動していると感じていますね。

  • 弥生 代表取締役社長 岡本浩一郎氏

私個人としては、この1年間は電子化ではなくデジタル化を進めるために非常に多くの時間を割いてきたつもりです。こうした活動は、足元の業績にすぐに反映されるものではありませんが、常に市場の1歩先を見据えた地道な活動が、当社の5年後あるいは10年後の安定的な成長を作っていくと信じています。

--電子化とデジタル化の違いついて、詳しく教えてください

岡本氏:電子化は、紙の業務をIT機器で扱えるようにするための作業のイメージです。児童手当の現況届を例に説明しましょう。児童手当を受け取る際に提出する書類が、紙で提出する代わりにマイナンバーカードを利用して電子的に申請できるようになりました。しかし現在のところ、電子的なインタフェースに置き換わっただけで紙と同じ記載内容を求めており、名前など同じ項目を何度も入力する必要があるのです。これでは効率化ではありません。

一方で私たちが推奨しているデジタル化は、紙を前提とした業務をいったん捨てるところがスタート地点です。「だれが」「いつ」「どこで」「どのような作業をするのか」を「そもそもどうあるべきか?」という視点で組み立て直す作業から始めます。

2021年6月に、当社も加盟する社会的システム・デジタル化研究会は「年末調整を根本的に変えましょう」という提言を発表しました。現在の年末調整は紙を前提とした業務であり、事業者への負担が非常に大きいです。デジタル化によって紙を前提としない業務として組み直すことができれば、デジタルデータを行政に集約して自動処理が可能になり、事業者の負担は圧倒的に減るはずです、このように、業務の主体まで立ち返って見直すのがデジタル化だと思っています。

--今年はいよいよ電帳法が改正されますが、どのようにお考えですか

岡本氏:電帳法と並列で語られることが多いインボイス制度が義務化されるのは2023年10月の予定ですが、私たちは1年以上前からインボイス制度の準備に取り掛かってきました。そこに、ある意味で割り込むように令和3年度税制改正によって生み出されたのが電帳法の改正です。

改正電帳法の全体を見てみると、帳簿を電子的に保存したい事業者にとっての要件が緩和されて電子的な保存がしやすくなります。しかしその中に1点、これまで電帳法を知らなかった人であっても影響を受ける義務化の改正が混ざっていました。

法改正によって電子的に受け取った書類は電子的に保存することが義務付けられますが、この業務は先に述べた電子化の典型的な例だと思っています。税務署の視点では税務調査の作業が便利になるかもしれませんが、事業者としては電子化のメリットをあまり感じないからです。

現実問題として、全事業者がこの時間軸で今回の法改正に対応するのは難しいと感じていました。税理士の先生方や事業者の声を聞いても皆さん同意見だったため、問題意識を共有する他の企業と共同で財務省や国税庁に働きかけを実施しました。

結果的に、2021年12月に発表された令和4年度与党税制改正大綱で、この電子取引の取引情報の電子保存義務化については2年間猶予する方針が示されました。誤解の無いようにお伝えすると、当社らの申し入れだけで今回の対応になったわけではなく、財務省や国税庁としてもこの時間軸での義務化に無理があったという認識を既にお持ちであったと思っています。

今回の例は、全事業者に影響がある法改正を短期間で進めた点が課題なのであって、将来的には書類の電子保存への対応も必須です。せっかく法改正をするのであれば、電子化に終わるのではなくデジタル化を進めるべきでしょう。

個人的には、今回の法改正のアプローチとして書類の受け取り手側に義務を課した点が反省点だと感じています。どちらかと言うと、電子取引の売り手側に構造化されたデジタルデータとしての提供を促すべきだったのではないでしょうか。

送り手がデジタルデータで提供する仕組みがあれば、受け取り手はそのデジタルデータを活用し経費精算や仕訳処理などを自動で処理できるため、事業者にとって業務の効率化につながり、メリットを実感できるはずです。

これまで官民連携で時間をかけながら準備を進めてきたインボイス制度と、事業者がメリットを感じづらい内容のまま短期間で動こうとしてしまった電帳法改正は、わかりやすい対比構造になってますね。後者については私たちのような民間企業がもっと声を上げるべきだったと反省しています。

以前は、行政が決めたことに対して内容にかかわらず粛々とサービスを対応させることがわれわれの仕事だと思っていました。その結果、制度が複雑化する一方でもはや事業者の理解が追い付かず、当社としてもシステム対応するだけで精一杯になっていったのです。そうした環境の中で、制度自体をよりシンプルにわかりやすくして頂くために民間企業から声を上げるべきだと思い始めました。

インボイス制度についても、2年ほど前までは「とりあえず言われたことをやろう」と受け身の姿勢でした。しかし財務省やデジタル庁と議論を交わす間に、行政は民間からの声を強く求めていることに気付いたのです。それからは「民間事業者にメリットが無い制度は受け入れられません」と何度も訴えてきました。当初は議論がなかなか噛み合いませんでしたが、徐々に共通の目的が出来上がり、同じ土俵の上で議論できるようになりました。

官民が一緒になって「そもそもどうあるべきか?」から議論する必要性を強く感じたエピソードです。