九州大学(九大)は12月22日、「メンデルランダム化(MR)研究」により、健常者において、副腎由来ホルモンである「コルチゾール」の軽度な上昇が筋力・筋肉量の低下と因果関係を有することを明らかにしたと発表した。

同成果は、九大大学院 医学研究院の小川佳宏教授、同・馬越真希日本学術振興会特別研究員RPD、九大大学院 医学系学府の勝原俊亮大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、臨床内分泌学および代謝を扱う学術誌「The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism」に掲載された。

「サルコペニア」は進行性かつ全身性の筋力・筋肉量の低下を特徴とする症候群であり、加齢により心身が老い衰えた状態である「フレイル」の主要な原因とされていいることもあり、超高齢社会を迎えた日本においては、健康寿命延伸の観点より、その病態解明は喫緊の課題となっている。

副腎は左右の腎臓の上に存在する臓器で、多数のホルモンを分泌しており、それにより生体の恒常性維持に主要な役割を果たしている。コルチゾールは代表的な副腎由来ホルモンであり、ストレスから身体を守り、糖利用や血圧、骨量などの調節において必須のホルモンと知られている。

しかし、コルチゾールの過剰分泌は糖尿病、高血圧、骨粗鬆症、骨格筋萎縮などのさまざまな代謝疾患を引き起こすなど、人体にとってマイナス要因となることも知られている。

健常者であっても、加齢や慢性的なストレスにより、コルチゾール分泌が軽度かつ持続的に増加することが知られており、これが筋力・筋肉量の低下に影響する可能性があると見られているものの、これまでの観察研究からは一貫した結論が得られていなかったという。

そこで研究チームは今回、1万2597例の健常者を対象としたゲノムワイド関連研究(GWAS)により得られた血中コルチゾール濃度と関連する一塩基多型(SNP)の情報を活用して、観察研究と比較して交絡因子や逆因果関係に影響されにくく、近年、ランダム化比較試験を補完する解析手法として注目されているMR研究を用いて、コルチゾールと筋力・筋肉量との関連を検討することにしたという。

  • サルコペニア

    一塩基多型(SNP)の情報を活用して、コルチゾールと筋力・筋肉量の因果関係が確認された (出所:九大プレスリリースPDF)

検討の結果、血中コルチゾール濃度が上昇すると、筋力(握力)・筋肉量(除脂肪体重)が低下するという関係性が確認されたという。交絡因子になりうる要素を補正する多変量MR解析では、コルチゾールと筋力・筋肉量の関連は、空腹時血糖による補正後に消失したが、そのほかの交絡因子(空腹時インスリン、インスリン抵抗性の評価指標であるHOMA-IR、肥満度の指標であるBMI、ウエスト周囲長、中性脂肪、HDLコレステロール)による補正後では消失しなかったという。

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    MR研究により、健常者におけるコルチゾールの上昇と筋力・筋肉量低下の因果関係が判明 (出所:九大プレスリリースPDF)

また、各交絡因子の影響を順位付けるMRベイジアンモデル平均法では、空腹時血糖は最上位の媒介因子であることが判明したことから、コルチゾールの上昇による筋力・筋肉量低下に血糖値が関与することが示唆されたという。ただし、性差解析では、女性においてのみ関連が認められ、男性では認められなかったとしている。

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    ストレス応答の司令塔である副腎に由来するコルチゾールの軽度の上昇とサルコペニア (出所:九大プレスリリースPDF)

今回の結果は、ストレス応答の司令塔である副腎に由来するコルチゾールの軽度の上昇が、サルコペニアの進展に影響する可能性があると研究チームでは説明しており、今後、今回の成果がサルコペニアの病態解明や治療標的の同定につながり、現代のストレス社会において高齢者のフレイル予防・健康寿命の延伸などにつながることが期待されるとしている。