横浜市立大学は、言語処理を担う脳表領域の神経活動の強さ、その領域間の結びつきの強さ、そして、どの深部経路を介して神経情報を伝播するのかを6次元ダイナミックトラクトグラフィー解析技術を用いて、アニメーションとして可視化した5歳以降の言語ネットワークにおける時空間ダイナミクスとその発達に関する新しい神経生物学的モデルを発表した。
同成果は、横浜市立大学医学部医学科脳神経外科学教室の園田真樹客員研究員(米国ウェイン州立大学 ミシガン小児病院 小児科・神経内科研究員兼任)、米国ウェイン州立大学 ミシガン小児病院 小児科・神経内科の浅野英司終身教授、同Brian H. Silverstein研究員らの研究チームによるもの。詳細は英国の学術誌「BRAIN」に11月29日に掲載された。
会話中に言いたいことが口から素早く出るのは、人間の脳が各領域で複雑な言語情報を処理しているためである。この言語処理を司る脳領域はそれぞれ離れて存在していることは古くから知られていたが、どれくらいの速度で、どの深部経路を伝って、脳領域間が情報を受け渡しているのかという脳内ネットワークについては良く分かっていないという。
そこで今回の研究では、37名の薬剤抵抗性てんかん患者から記録された3,401箇所の頭蓋内脳波を用いて、記録部位における機能的役割、記録脳表間の機能連結をそれぞれ解析し、脳表皮質の機能的役割は、音声で定時される質問文とその回答の間に記録される脳表脳波記録を解析することで評価を行ったという。また、記録脳表間の機能的連結と神経伝播速度は、微弱な単発皮質電気刺激によって引き起こされる離れた部位での脳波反応を解析することで定量化し、これらの解析情報をMRI白質トラクトグラフィーと組み合わせ、言語処理に関わる脳皮質領域間の神経活動ネットワークの時空間ダイナミクスを、6次元ダイナミックトラクトグラフィーとして新たに提示したともする。
6次元ダイナミックトラクトグラフィーとは3次元的に脳内の神経線維走行を可視化する従来のトラクトグラフィーに、「記録皮質領域間の機能的関係性」、「走行線維の向きを持った機能的連結の強さ」と「神経伝播の速度」を加え、脳内ネットワークをアニメーションとして可視化したもの。
従来の研究では、言語処理に関わる脳内ネットワークは、概念の模式図をもって説明されることが多く、その解釈も難しいことが多かったという。そのため同研究では6次元ダイナミックトラクトグラフィー解析技術を用いて、言語処理段階ごとに脳内ネットワークとその神経活動伝播の様子をアニメーションという形で提供。その結果、離れて存在する脳皮質領域間が、100分の5秒以下の速度で、どの解剖学的経路(脳白質線維)で、どちらの方向に、神経情報を伝達するのかを可視化することに成功したという。
上記図の左側は、聴覚性言語課題中のタイミングから、脳皮質領域の機能的役割を「聞いた質問文の音を処理する段階(第2主成分:ピンクで示した部分)」、「聞いた質問文への回答を想起する段階(第3主成分:緑で示した部分)」、「発声を行う段階(第1主成分:黄色で示した部分)」の3郡に分けて定量化したもの。図の中央は、回答を想起する段階に活動している側頭葉から側頭葉外に向かう皮質領域からの神経活動伝播を示し、図の右側は回答を想起する段階に活動している側頭葉外から側頭葉に向かう皮質領域からの神経活動伝播を示している。赤く示されている白質線維は、回答を想起する段階に神経活動している領域同士をつなぐ投射経路を示し、青い白質線維は同段階に神経活動する領域から神経減衰している領域への投射経路を示すとする。
また、アニメーションで示された図から、同じ言語処理の段階に活動している皮質領域間でより強い結合性が認められた(結合性の強さは図では白い球の大きさで示されている)とするほか、側頭葉から側頭葉外に向かう神経活動の伝播経路は、弓状束(図中矢印)が担っていることがわかり、側頭葉外から側頭葉に向かう神経活動の伝播経路も主に弓状束が担っていたが、⼀部鉤状束(図中では三角で示されている)を介した神経活動の伝播も示されたという。
研究チームでは、これらのことから、質問に答える際に、言葉の想起に関わる脳皮質同士は、たとえ離れていても、より多くの情報を伝達できるよう、強く連結されていることが明らかになったと説明している。また、解析結果から5歳以降も年齢が高ければ高いほど、言葉の想起に関わる皮質脳領域間の結びつきがより強くなっていくことも確認したとしている。
今後は、今回の研究で用いた解析技術を応用し、より安全で有効な脳神経外科診断・治療⽅法の研究も進めていく予定で、医療分野への技術応用が期待できるとしている。