日立製作所は、鹿島建設やH.U.グループホールディングス、九州大学、電通とともに、新型コロナウイルス感染症の検査結果やワクチン接種履歴などをもとに、デジタルヘルス証明を実現し、指静脈を活用することで、オフィスの入退室などの認証を手ぶらで行える仕組みを開発。共同実証を開始した。日立が持つ公開型生体認証技術「PBI」を活用することで、紙やスマートデバイスを使わずに証明することができる。
鹿島建設 デジタル推進室の真下英邦室長は、「ワクチン接種履歴や陰性証明を活用した行動制限の緩和が模索されている。また、デジタルヘルス証明を活用して、安心できる空間の実現が、今後は求められている。だが、紙媒体のワクチン接種証明書では、証明書の偽造や他者へのなりすましなどのリスクがある。また、PCR検査や抗原定量検査だけでは、検査精度にバラつきが生じることが課題となっている」とし、「信頼性ある検査結果やワクチン接種履歴を、指静脈の認証技術を用いて、手ぶらで提示できる新たなデジタルヘルス証明の実現を目指す。各社が持つ知識やノウハウを組み合わせることで、トータルソリューションとして提供することになる」とした。
すでに、9月27日~10月6日に、鹿島が所有する東京・赤坂の「赤坂Kタワー」で、同社の約25人の従業員の協力を得て、技術検証を実施。ワクチン接種履歴などの必要事項の事前登録から検査の実施、デジタルヘルス証明の発行、オフィス入館までの一連の動きを実証。個人情報保護に配慮した利便性の高い新たなデジタルヘルス証明の実現に向けて、技術面や運用面での有効性を確認できたという。今後、オフィスをはじめとしとた建物内での実装に向けた準備を進めるほか、鹿島の建設現場などにおける共同実証も行う予定だという。
具体的には、利用者は、H.Uグループホールディングスの子会社である医針盤が開発したPHR(Personal Health Record)アプリ「ウィズウェルネス」をダウンロードし、検査予約やワクチン接種履歴の登録を行う。ワクチン接種者は、ワクチン接種履歴をアプリに登録すればいいが、ワクチン未接種者は、アプリから検査予約を行い、事前問診、検体採取を行い、H.U.グループのSRL川崎ラボで検査。最短40分で抗原検査の結果が出るという。
「PCR検査は、試薬や人による測定手技によって、性能にばらつきの懸念がある。断片化したウイルスを検出したり、感染性がなくても陽性が出たりする可能性があるためだ。また、抗原定量検査は空港検疫などで使用されているが、口のなかの遺留物などから非特異反応による判定保留あるいは陽性となることがある。そこで、PCR検査と抗原定量検査の2つの検査を組み合わせている」(H.U.フロンティア 企画戦略本部企画戦略部の有田泰久部長)という。
九州大学病院メディカルインフォメーションセンター長の中島直樹教授は、「2つの検査により、精度の高い検査を実現し、オンライン問診を活用した医療機関の判定によるデジタル陰性証明書を発行する仕組みにしているのに加え、受付から陰性証明の発行までの時間が短くて済む。精度が高く、高速、多量、安価に、医師の証明による陰性証明の発行を可能にしているのがこのソリューションの特徴である」とし、「厚生労働省のホームページによると、たとえ検査結果が陰性であっても、医師により感染していないと診断されない限りは、感染していないとはいえない。今回の仕組みは医師の判定による証明が大きな特徴である」と述べた。
陰性証明については、検査結果ととともに、九州大学病院の医師が、医針盤が提供する診療業務支援システム「医’ sアシスト(イーズアシスト)」を活用して、事前問診によって総合判定し、ウィズウェルネスに診断結果を通知し、デジタルヘルス証明を発行する。 また、参加者の同意を得たのち、日立の非接触型指静脈認証装置「C-1」で、指静脈の情報を事前に登録し、ウィズウェルネスで管理した情報と連携。これにより、入室時は、指を装置にかざすだけで認証が可能になる。紙やスマホを利用した本人確認や証明書の提示が不要になるが、認証技術を使用する場所は、利用者が特定する仕組みとしているほか、端末の画面上には個人情報などが表示されないようにしている。
「紙の証明書であれば、常に携行する必要があるが、手ぶらで認証できることが大きな特徴になっている」(鹿島建設の真下室長)とした。
今回の仕組みは、PBIを活用している点が特徴だ。PBIは、生体認証のノウハウと、電子署名「PKI」の論理を融合して開発した日立独自の技術であり、手ぶらによる認証の利便性と個人情報保護における信頼性を実現している。
生体情報を秘密鍵とする公開鍵基盤であり、一方向変換により、他者による生体情報復元ができないことに加え、ユーザー固有のシークレット情報を端末に保有させない仕組みを採用。指静脈認証だけでなく、顔認証や声紋認証などのマルチモーダル対応も可能となっている。
日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部認証ソリューション部主任技師の石川学氏は、「認証装置で読み取った生体情報をそのままの状態で登録するのではなく、暗号化して復元できない形に変換するため、万が一、システム上のデータが漏えいしたとしても、生体情報を悪用することは不可能であり、プライバシーの保護と高度なセキュリティの両立を実現する。安全、安心な自己主権型のアイデンティティ実現のための基礎技術になると確信している。今回、指静脈を採用したのは認証の精度が高いこと、マスク着用率が高いため、顔認証よりも実用的であると考えたためである」などとした。実用化段階においては、用途やコストに応じて、指静脈認証以外の活用も検討していくという。
今後の取り組みについては、デジタル庁が推進するVRS(Vaccination Record System)との連携や、国際標準であるスマートヘルスカードに準拠したデータ仕様を実装することで、国内外での利用をサポートする予定だとした。また、オフィスビルに加えて、学校や病院、イベントホール、レストラン、観光地、建設現場などに、実証の対象範囲を広げる考えも示した。「Go ToトラベルやGo Toイートなどへの対応、事業者の健康管理などにも活用できる」(鹿島の真下室長)という。
さらに、今回の結果と、今後の実証をもとに、ウィズ/アフターコロナ社会において、安心な空間を実現するための指針となるデジタルヘルス証明プレイブックをまとめ、ルールの策定やノウハウの共有などを進めることになるという。