広島大学と東京薬科大学は9月17日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の増殖には、感染された細胞側のプロリン異性化酵素「Pin1」が不可欠であることを、Pin1を阻害する化合物を用いた発現抑制の実験から明らかにしたと発表した。

また、Pin1阻害化合物を培養細胞に添加した後にSARS-CoV-2を感染させたところ、増殖がほぼ完全に抑制されたこと、逆に感染させてからその6時間後にPin1阻害化合物を添加しても増殖の抑制が確認されたことも併せて発表された。

同成果は、広島大大学院 医系科学研究科 医化学研究室の山本屋武助教、同・中津祐介講師、同・神名磨智助教、同・長谷井竣氏、同・大畠侑乃氏、Anenti Therapeutics JapanのJeffrey Encinas CEO、東京薬科大 生命科学部 分子生命科学科 生物有機化学研究室の伊藤久央教授、東京大学 創薬機構の岡部隆義特任教授、広島大大学院 医系科学研究科 医化学研究室の浅野知一郎教授、広島大大学院 医系科学研究科ウイルス学研究室の坂口剛正教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

現在、日本でも新型コロナ デルタ株の流行が問題となっている。また、ワクチンを接種しても感染してしまうブレークスルー感染が発生していることも問題視されており、ワクチンの接種だけではなく、変異株にも有効な、感染後に使用できる有効な治療薬の開発が求められている。

タンパク質を構成する20種類のアミノ酸において、「プロリン」だけが光学異性体としてシス体とトランス体のどちらかの構造を取るが、生体内には、このシス体とトランス体を変換する「プロリン異性化酵素」が存在しており、「Pin1(Prolylisomerase1)」もその1つとして知られている。

そしてPin1は、複数のウイルス増殖を促進してしまうことが、これまでの研究から報告されていたほか、肥満の人では複数の臓器でPin1の発現量が上昇してしまうこと、ならびに新型コロナが重症化するリスクが高いことも報告されている。

そこで研究チームは今回、新型コロナウイルスの増殖とPin1の関係を調べるため、アフリカミドリザルから得た培養細胞のPin1を欠失させ、新型コロナを感染させたところ、ウイルスがほとんど増殖しないことを確認したという。また、これまで研究チームが開発してきたPin1の阻害活性を有する約600種類の低分子化合物の中から、新型コロナウイルスの増殖を阻害する、強い抗ウイルス活性のある5種類の化合物が選出され、これを培養細胞に添加した後に新型コロナウイルスに感染させたところ、ウイルスの増殖がほぼ完全に抑制されることも確認したという。

  • 新型コロナ

    新型コロナウイルスに対する強い抑制活性を持つ化合物5種類とその構造 (出所:共同プレスリリースPDF)

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    培養細胞にPin1阻害化合物の1つであるH77を作用させて、新型コロナウイルスを感染させると、H77の濃度が高い場合に10μM、7.5μM、ウイルスタンパク質合成は阻害され、ウイルス増殖も阻害されることが確認された (出所:共同プレスリリースPDF)

加えて、新型コロナウイルスを培養細胞に感染させてから6時間後に、Pin1阻害化合物の添加を試みた場合であっても、ウイルスの増殖抑制が認められたとしており、これらの結果から、Pin1阻害化合物は新型コロナウイルスが細胞内に侵入する段階ではなく、それ以降に行われる細胞内でのウイルス複製過程をブロックしていることが示唆されたと研究チームでは説明している。

なお、研究チームでは今後、今回の研究の5種類のPin1阻害化合物を化学修飾することで最適化し、より低い濃度で新型コロナウイルスの増殖を抑制し、かつ副作用を生じる可能性が低い化合物を開発する予定とする。また、Pin1阻害化合物の開発は、東大 創薬機構および東京薬科大と共同で開発が進められており、動物実験から治験へと早急に進め、最終的に新型コロナの治療薬剤となることを目指すともしている。