兵庫県立大学は9月13日、自然利用に関する「伝統的生態学的知識」について、年輩者に比べて若者の知識が乏しいという現代の状況を、淡路島の住民による野生の木の実利用について細かく調べることによって、年齢効果と世代効果を明確に切り分けることに成功し、伝統的生態学的知識と年齢の相関は加齢による知識の蓄積によるものではなく、経験機会の消失によることを明らかにしたと発表した。

同成果は、兵庫県立大 大学院 緑環境景観マネジメント研究科の奥井かおり大学院生(研究当時)、同・澤田佳宏准教授(淡路景観園芸学校 主任景観園芸専門員兼任)、東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学系の吉田丈人 准教授(総合地球環境学研究所 准教授)らの共同研究チームによるもの。詳細は、人類学、生物学、社会学など、人間の分化と行動全般を扱う学術誌「Human Ecology」に掲載された。

人間が自然を利用する知識、特に世代を超えて受け継がれてきた知識を「伝統的生態学的知識(Traditional Ecological Knowledge:TEK)と呼び、その先行研究の多くから、近年、世界各地で知識が喪失・減少する傾向にあること、また知識と年齢の間には相関があり、若者は年輩者に比べて自然利用の知識が乏しいことが示されてきた。

このような知識と年齢の相関が生じるメカニズムについては、これまで2つの仮説が唱えられてきたという。1つは、加齢に伴って知識が蓄積されていく「年齢効果(“古老の知恵”効果)」と呼ばれるもの。もう1つは、世代が下るごとに経験の機会が失われている「世代効果」と呼ばれるものである。

この2つを切り分けなければ、知識の乏しい若者でも年齢を重ねるのに併せて知識を増やしていく可能性(=自然利用の知識が喪失・減少していない可能性)を排除できないとされるが、年齢効果ではないことが証明できれば、自然利用の知識が本当に衰退していることの証拠となると考えられてきた。

しかし、自然利用の知識について、年齢効果と世代効果を切り分けようとした研究はこれまでに数例しかなく、それも明確には切り分けられていなかったとされるため、今回の研究では、この2つの仮説の検討に向け、2015年から2016年にかけて、淡路島の住民40人を対象としたインタビュー調査と、淡路島の幅広い世代の228人を対象としたアンケート調査を行ったという。

インタビュー調査では、野生の木の実の利用経験や思い出を語ってもらい、その詳細な記録を行った一方、アンケート調査では、6種の野生の木の実(キイチゴ属・グミ属・アケビ科・シイ属・ヤマモモ・ブドウ属)の利用経験の有無、利用期間(何歳の頃に利用していたか)、知識の伝達経路(その知識を誰に教えてもらったか)を質問し、その回答を世代ごとに整理する作業を実施。インタビュー調査の結果、淡路島で50種類の野生の木の実が利用されていることが確認され、その用途として、「食べる」「集めて売る」「おもちゃを作る」「渋を得る」「油を得る」「お供え物にする」「釣りの餌にする」などが挙げられたという。

  • 知識の伝達経路

    インタビューを通して淡路島での利用が確認された、自生している木の実の一部 (出所:兵庫県立大プレスリリースPDF)

また、インタビュー調査で頻出した6種の木の実について、その利用経験の有無についてアンケート調査で質問したところ、若い世代ほど利用種数が少なく、知識が喪失・減少している可能性が示唆されたという。

  • 知識の伝達経路

    生まれ年と6種の木の実のうちで利用した種数との関係(n=187)。(a)各回答者の誕生から現在までの利用種数。若い世代ほど木の実利用の知識(経験)が乏しいことが示されている。(b)各回答者の12歳以下時点での利用種数。年齢効果を排除してもなお、若い世代ほど木の実利用の知識(経験)が乏しいことが示されている (出所:兵庫県立大プレスリリースPDF)

さらに、木の実を利用した期間の質問から、ほとんどの回答者が子ども時代(12歳以下)に利用を開始し、大人になる前に利用を終えていることが確認された。この結果は、年齢効果と世代効果を明確に切り分けることができ、知識と年齢の相関は、加齢による知識の蓄積によるものではなく、世代が下るほど経験機会が減少しているためであることを示すものだという。

  • 知識の伝達経路

    回答者がそれぞれの木の実を利用した期間。細い黒線は各回答者の誕生年から調査時(2015年)までが表されており、太い橙色の線は各回答者がそれぞれの木の実を利用していた期間が表されている。大半の回答者が子ども時代に木の実利用を開始することが見て取れる (出所:兵庫県立大プレスリリースPDF)

経験機会の減少と関連して、野生の木の実を利用する知識の伝達経路が、世代によって変化していることも確認されたとする。具体的には、かつての木の実利用の知識は子ども同士で伝達されていたものが、近年は祖父母や両親、先生などから伝達され、さらにインターネットやテレビ、本など新しい伝達経路が登場していることも確認されたというが、これらの新しい伝達経路では、地域性のある情報が欠落する懸念があるという。

  • 知識の伝達経路

    各世代の木の実利用に関する知識の伝達経路とその順位。円内の数字は各世代の全体に対する割合(%) (出所:兵庫県立大プレスリリースPDF)

なお、研究チームによれば、自然を利用する知識の伝達経路とその変化についての理解は、知識の保全に役立てることが可能だという。また、自然利用の経験の減少は生物多様性への関心を低下させる可能性が先行研究により指摘されていることから、人と自然のつながりを回復させる活動が、今後ますます重要になると考えられるとしている。

2021年9月21日訂正:記事初出時、東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学系の澤田佳宏准教授と記載しておりましたが、正しくは東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学系の吉田丈人准教授となりますので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。