千葉工業大学(千葉工大)は7月8日、アルツハイマー病に特異的な脳波の時系列パターンを複数の複雑性指標を組み合わせて特定し、さらに機械学習を講じることで、神経ネットワークの変質を推定するアルゴリズムを開発したと発表した。

同成果は、千葉工大大学院 情報科学研究科の安藤桃大学院生、千葉工大 情報科学部 情報工学科の信川創准教授、金沢大学(金大) 医薬保健研究域 医学系/子どものこころの発達研究センターの菊知充教授、 魚津神経サナトリウムの高橋哲也副院長(金大 子どものこころの発達研究センター 協力研究員/福井大学 学術研究院医学系部門 客員准教授兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経変性を扱うオープンアクセスジャーナル「Frontiers in Neuroscience」に掲載された。

アルツハイマー病は認知症の最も一般的な形態であり、認知症の約6割を占めるという。また、世界的にアルツハイマー病は増加傾向にあり、その有病率は2019年時点で世界人口に対して0.4%(3000万人強)であったのが、2030年には0.6%に増加し、そして2050年までには1.2%にまで増加すると予想されているという。

明確な治療法が見つかっていないものの、近年ではその早期診断と早期介入が病気の進行を遅らせることが分かるようになってきており、早期の判定手法を確立させることが課題とされている。

現在、アルツハイマー病の診断には、さまざまな装置が活用されるようになってきたが、その一方で、脳波や脳磁図、機能的MRIによる神経活動の時間的挙動に基づく研究も盛んに行われている。中でも、脳波は高い時間分解能で神経活動の挙動をダイレクトに捉えることが可能で、かつ安価で非侵襲的であることから高い臨床的汎用性を有しており、アルツハイマー病の診断補助としての有用性が期待されている。

ただし、従来の脳波解析法のみでは、高い診断精度を望めないことが課題だったという。アルツハイマー病では、神経ネットワークの弱体化は、脳領域間における神経活動の相互作用から生まれる複雑な時系列パターンを変質させることが報告されており、アルツハイマー病に特異的な脳活動の時系列パターン(複雑性)に着目した新たな脳波解析アルゴリズムの開発が望まれていたとする。

そこで研究チームは今回、脳波の時系列データに対して、多時間軸における複雑性を定量化する「マルチフラクタル解析」と「マルチスケールエントロピー解析」を実施することにし、全体の主要なフラクタル性とマルチフラクタル性の2つの尺度で脳波の時間的複雑性が定量化されたほか、各時間スケールでの時間的複雑性を定量化するためにマルチスケールエントロピー解析が用いられた。

さらに、これら解析手法で得られた結果を機械学習によって統合することで、アルツハイマー病における神経活動の変質を捉えるアルゴリズムの開発に成功したという。実際に、健康な高齢者とアルツハイマー病患者を対象に1分間の脳波を計測し解析を実施したところ、アルツハイマー病では脳波における複雑性が低下しており、またその低下は速い時間スケールに集中していることが明らかになったという。

  • アルツハイマー病

    アルツハイマー病患者の脳波に対するマルチフラクタル解析とマルチスケールエントロピー解析の結果 (出所:阪大プレスリリースPDF)

さらに、それらの解析結果を機械学習にかけたところ、2種類の解析における両方の特徴量を組み合わせることが、アルツハイマー病の推定精度を向上させることが確認されたともしている。

神経ネットワークの変質は、統合失調症や自閉スペクトラム症など、多くの精神疾患においても示唆されていることから研究チームでは、脳活動の複雑性に何らかの特徴的なパターンが生じていると推測されるとしており、今回の研究成果を活用することで、将来的にさまざまな精神疾患の診断補助となる生物学的指標の確立につながることが期待されるとしている。