世界がこの一年間で、2度の健康問題の危機に直面しました。1度目は世界的なパンデミック、そして2度目は、世界がロックダウンされている間に広まった誤報です。

今年3月上旬に、英オックスフォード大学とアストラゼネカ社が開発した新型コロナウイルスワクチンは、血栓への懸念を受けて数週間のうちに欧州の広範囲にわたって接種が中止されました。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院「ワクチン・コンフィデンス・プロジェクト(VCP)」の主要メンバーハイディ・ラーソン氏をはじめ専門家たちは、ヨーロッパでアストラゼネカの新型コロナウイルスワクチンを接種した2000万人のうち血栓が発生したのはわずか25人であり、ワクチン接種をしていない人に通常見られる割合よりも低い結果であったと述べています。

しかしこの結果を受けても人々の考えに変化はなく、データの収集と分析を専門とするグローバルグループのYouGovによる最近の世論調査では、調査対象となったフランス、ドイツ、スペインの半数以上が、アストラゼネカの新型コロナウイルスワクチンは安全ではないと考えており、同社のワクチンへの信頼性が大きく損なわれていることを明らかにしました。

日本でも、ワクチン接種により「不妊症や流産の原因になる」「死亡者が増加する」「遺伝子が変化する」といった誤報がSNSやYouTubeなどを中心に広まっています。これに対し、河野規制改革担当相も出演番組で「全部デマだ」と明言し、科学的なエビデンスに基づく説明でデマへの対応に取り組んでいく姿勢を示しています。

フェイクニュースや誤報の問題は、今に始まったことではありません。メディアは、大手IT企業に対し、ソーシャルプラットフォーム上での誤った情報の拡散を食い止めるための責務を果たすよう働きかけてきました。今、世界を危機から救う頼みの綱であるワクチンにまつわる誤った情報が、結果としてさらに悪影響を及ぼすかもしれないという状況下で、誤報との闘いはさらに勢いを増していきます。

どのように身を守るか

現在のところ、誤報が広がる前にそれを阻止できる法律や技術はありません。しかし、誤報に対処する方法はあり、それには正確な情報が必要です。もはや、政府や産業界のリーダーだけに任せることはできません。一人ひとりが、誤った情報を広める役割を自分が担っているかもしれないことに目を向け、自身や周囲の人を守るためにどのような手段を講じるべきかを考える必要があります。

喫煙、薬物乱用、肥満といった問題に自分の健康を維持する責任を負うように、誤報が自分や他人の健康に及ぼす影響についても、いっそう意識を強めなければなりません。

果たすべき責任

そもそも誤報やフェイクニュースとは何か、またそれが何をもたらすかについて考えてみましょう。誤報とは、情報やデータの操作により、私たちが身の回りの状況を把握する際に材料となる事実を、ねじ曲げるものです。社会の分断を悪化させ、家族、事業、地域社会にとって最善の決断を下すのを妨げてしまいます。

では、データを効果的に理解し使用するためのスキルは、誤報への対処にも適用できるでしょうか。例えば、仕事でデータを確認するのと同様に、個人が情報を調べるようになったらどうでしょう?データサイエンスを支える原理を、誤報対策に適応したらどうなるだろうか?

重要なのは、個人や企業、そしてより広いコミュニティと直接協力して、情報の整合性を取り戻すことです。

幸いなことに、正確な情報と誤報を見分けるためにスキルアップしたいという人が多いということが、弊社の調査で明らかになっています。与えられた情報に疑問を持ち、ストーリーの裏にある真実を見極め、万が一誤った情報が流れてしまったとき、それを否定するためのツールがあれば効果的でしょう。

私たちは、社会にもはや 「基準となる現実」 がないことに苦しんでいます。私たちは、グローバル社会に深い分断が生じたという現実の中にいます。アストラゼネカの新型コロナウイルスワクチンの話は、その典型的な例です。根拠のない一部メディアの報道が飛び交い、世界中を混乱に陥れました。根拠のない事実に基づいた報道がなされたことで、世界的にワクチンの普及が妨げられ、接種を中止する国、引き続き接種する国、完全に接種を中止する国が出てきました。

誤報やフェイクニュースは、地域社会で築いてきた絆を弱めてしまいます。その絆を取り戻すには、複雑な情報を理解し、伝える手助けが必要でです。

仕事と私生活の境界線がますます曖昧になる中で、外部の情報が仕事に影響をあたえます。例えば、無意識の偏見やうわさが株価に影響を与えるなど、誤った情報はビジネスにおいて様々な形で現れます。職場環境でデータリテラシーのスキルを培えば、組織内外で誤った情報を減らすのに役立ちます。企業も他の組織同様、フェイクニュースに悩まされる可能性があることを踏まえれば、企業や組織が社員のデータリテラシーの向上と誤報への対処を行うのは理にかなっています。

「データリテラシー」は個人の問題と認識されていますが、一方、「企業データリテラシー」という観点はあまり馴染みがなく認知されていません。(Qlikでは「組織が、組織全体にわたってデータを読み、分析し、意思決定に利用し、データを使って 議論し、データをやり取りする能力」と定義しています)。データの高度な技術的理解は必要なく、データを読み、使い、分析し、議論する能力です。この観点は、今や企業の中でも、客観的に測定し、評価すべき指標として位置づけようとする動きが高まっています。「企業データリテラシースコア」という新しい測定システムまで開発されています。そしてそれが、最終的に企業価値、企業業績価値に結び付くほど重要性を増しています。

情報力の強化

この記事から皆さんに感じていただきたいのは、誤った情報を封じ込めるためには、個人の能力を高めるべきであるということです。私は、誤った情報を目にしたときどのように対応すべきか知ることができ、ポジティブかつ建設的な方法でそのような事例に向き合えるツールを提供したいと考えています。

誤った情報が氾濫し、データに対する不信感が広がる風潮の中、我々はこの状況に歯止めをかけなければなりません。そのために、教育を通じて、人々がデータをよりよく理解し、データの信頼性を考慮し、データを使ってコミュニケーションできるようにサポートする必要があります。私たちの健康はデータにかかっています。

今井 浩(いまい・ひろし)

クリックテック・ジャパン カントリーマネージャー

1970年生まれ。1992年に日本IBMへ入社し、営業職とともに1999年までアメリカンフットボール選手として活躍。SAPジャパン、日本マイクロソフトを経て2014年よりEMCジャパン データ保護ソリューション事業本部長。2019年10月より現職。「PASSION」「PLAY TO WIN」「ONE TEAM」が座右の銘。