米国コーネル大学の研究チームは2021年5月10日、太陽圏を超えて星間空間を航行している米国航空宇宙局(NASA)の探査機「ボイジャー1」の観測データを活用し、星間空間にある物質「星間物質」の密度を連続的に測定することに成功したと発表した。

星間空間の密度を測定する新たな方法であり、太陽圏に近い星間物質の構造を探るための新たな道を開くものだという。また、星間物質が太陽風とどのように相互作用するのか、また太陽系の保護膜である太陽圏が星間環境によってどのように形成され、そしてどう変化するのかを理解することにもつながるとしている。

論文は同日付けで論文誌『Nature Astronomy』に掲載された。

  • ボイジャー1号

    探査機ボイジャー1の想像図 (C) NASA

古今東西、地球から飛び立った探査機のほとんどは、太陽から吹き出す太陽風の勢力圏、もしくは太陽が膨らませた磁気の泡とも称される「太陽圏」の中でのみ探査をしていた。

しかし2012年8月25日、NASAの探査機「ボイジャー1(Voyager 1)」は史上初めてそのくびきから逃れ、太陽圏を超えて星間空間へと突入した。

だが、その星間空間がどういう世界なのかについて調べることは難しい。太陽圏と星間空間の間ははっきりと分かれているわけではなく、太陽圏を出たといっても、しばらくは太陽風の影響が届き続けている。NASAは「私たちの太陽圏が星間空間を航行する船だとすると、ボイジャー1はそのデッキから投下されたばかりの救命ボートのようなものです。いまのところ、ボイジャー1に当たる荒波は、ほとんどは太陽圏の影響によるものです」とたとえる。

理論上は、もっと遠くに行けば、太陽圏の影響は消え、宇宙のより深いところからの活動を感じることができるようになり、星間空間にある物質「星間物質」を捉えることができるようになる。

そしてボイジャー1には、「プラズマ波サブシステム(Plasma Wave Subsystem)」という観測装置が搭載されている。この装置は木星や土星などの磁気圏のデータや、天王星や海王星にある電波のデータを集めることができるばかりか、星間物質を「音」で捉えることもできる。

  • ボイジャー1号

    ボイジャー1には星間物質の密度を「音」で捉えるための、「プラズマ波サブシステム(Plasma Wave Subsystem)」という観測装置が搭載されている (C) NASA/JPL-Caltech

地球の海と同じように、星間物質は波打っている。最も大きなものは銀河系の自転によるもので、宇宙空間にある物質が混ざり合い、何十光年もの大きさのうねりを生み出している。また、超新星爆発も小さいながらも波を生み出し、何十億kmにもわたって波紋が広がる。最も小さな波紋は太陽から届くもので、太陽活動によって宇宙空間に衝撃波が伝わり、太陽圏の裏地に浸透している。

こうした波が宇宙空間に響くと、周囲の電子を振動させ、電子の密集度に応じて特徴的な周波数で鳴り響く。その音の高さが高いほど、電子密度が高いことを意味する。ボイジャー1のプラズマ波サブシステムは、まさにその音を捉えることができ、そしてその音を分析することで、星間物質の密度を示す手がかりとなり、太陽圏の形状や星の形成方法、さらには銀河系内での我々の位置を理解する上で重要なものとなる。

ボイジャー1は、太陽圏を脱出してから約3か月後の2012年11月に、初めて星間空間に響く音を検出。その半年後には、もっとも大きな、そして高い音を検出し、星間物質が急激に厚くなったことを示した。

ボイジャー1が2012年11月に検出した星間空間に鳴り響く音

ボイジャー1のプラズマ波サブシステムが、2012年11月から2013年5月までの間に捉えた星間空間に鳴り響く音。しかし、音が捉えられる機会は少なく、星間空間の正確な密度を知るには不十分だった (C) NASA/JPL-Caltech

ただ、こうした音は不定期かつ、年に1回程度の頻度でしか現れない。現れるかどうかは偶然であり、そしてそのデータのみを頼りにすると、星間空間の密度がまばらな、不完全な地図しか作れない。

そこで、コーネル大学の天文学博士課程に在籍するステラ・オッカー(Stella Ocker)氏らの研究チームは、これまでにボイジャー1のプラズマ波サブシステムが集めたデータから、星間物質の密度を連続的に測定するための方法を考案した。

オッカー氏らはまず、プラズマ波サブシステムの観測データを見直し、そして太陽活動などの影響で発生したものではない、弱いながらも一貫性のある信号を探すことに成功した。この信号は「プラズマ波放射(plasma wave emission)」と呼ばれるもので、熱励起されたプラズマ振動や、熱などのノイズによって放射されているとみられるという。似たような現象は地球の上層大気でも観測されており、この場合は電子密度と連動していることが知られている。

そして、この信号の周波数の変化から、星間物質の密度がどのように変化しているかを導き出した。

オッカー氏は「これは星間空間の密度を測定する新たな方法であり、非常に長い範囲の宇宙の密度を、定量的に測定することができます。これにより、ボイジャーが見た密度と星間物質の最も完全な地図を作ることができました。太陽圏に近い星間物質の構造を探るための新たな道を開くものです」と、その意義を強調する。

この信号に基づけば、ボイジャー1の周辺の電子密度は2013年に上昇し始め、2015年半ばごろに約40倍の密度になり、そして2020年初頭まで、多少の変動はあるものの、同じ密度レベルにあるという。

オッカー氏によると、この研究はただ単に星間物質の密度の測定に成功しただけでなく、星間物質が太陽風とどのように相互作用するのか、また太陽系の保護膜である太陽圏が星間環境によってどのように形成され、そしてどう変化するのかを理解することにもつながるとしている。

オッカー氏らの研究チームは今後、こうしたプラズマ波放射がどのようにして生成されるかの物理モデルを構築することを目指し、新たな研究に挑むという。

また、ボイジャー1のプラズマ波サブシステムは、いまなおデータを送り続けており、今後さらに新たな発見がもたらされるかもしれない。

参考文献

As NASA’s Voyager 1 Surveys Interstellar Space, Its Density Measurements Are Making Waves
Persistent plasma waves in interstellar space detected by Voyager 1 | Nature Astronomy
In the emptiness of space, Voyager 1 detects plasma‘hum’| Cornell Chronicle
Voyager - Spacecraft - Planetary Radio Astronomy (PRA) and Plasma Wave Subsystem (PWS)
Voyager - Mission Timeline