東京大学と科学技術振興機構は3月4日、ゲルのやわらかさに潜む「負のエネルギー弾性」を発見したと発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻の吉川祐紀大学院生、同・作道直幸特任助教、同・酒井崇匡教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会発行の学術雑誌「Physical Review X」に掲載された。
プルプルとした食感のゼリーがゲルであることは知られているが、実は豆腐もゲルである。ゲルは、水分を多く含んでいてやわらかい固体のことで、輪ゴムやタイヤなどでお馴染みのゴムは、そのゲルから水を蒸発させたものである。
ゴムやゲルやの特徴といえばよく伸び縮みすること。その特性を実現しているのが、ゴムやゲルを構成するとても長いひも状の高分子だ。それらが化学反応によって結びついており、網目構造を作っているのだ。普段はその網は、熱運動によってくねくねと折り曲がり丸まっている。そして引っ張ると、高分子のひもにおいて各部分の方向がある程度そろった状態で伸びる。これが、切れずによく伸びる特性の種明かしだ。そして伸びた状態から手を離すと、高分子のひもは熱運動をして丸まった元の状態(ひもの各部分の方向が乱雑な状態)に戻る。これにより、ゴムやゲルは縮むとされている。
このように、「方向がそろった状態」から「乱雑な状態」に熱運動によって自発的に変化することを、熱力学第二法則、別名「エントロピー増大の法則」という。ゴムやゲルを手で伸ばしたときに元に戻る力が発生するのは、エントロピーが増えることが理由となっていることから、「エントロピー弾性」といわれている。
このエントロピー弾性によって、ゴムのやわらかさをおおむね説明できることは、100年近くになる長い研究によってすでに確認済みだ。ところがゲルについては、確実な実験的証拠がないまま、ゴムと同様にエントロピー弾性のみでおおむね説明できるはずという仮定の下、理論の構築、実験の解析、材料の開発が現代でも広く行われている。
こうした背景を受け、研究チームは、本当にゲルのやわらかさはエントロピー弾性でおおむね説明できるのか、長年定説とされてきたものを徹底的に検証することにしたという。
そこでまず、50種類以上の高分子網目構造を持つゲルが正確に作り分けられ、そのやわらかさの温度変化の測定および熱力学に基づく解析が実施された。その結果、ゲルに外力を加えて変形させると、元の形に戻ろうとするエントロピー弾性が生じるが、同時にそれと反対向きの力である「負のエネルギー弾性」が生じて、この合計でゲルのやわらかさが決まることが確認されたのである。しかも、測定が行われた50種類以上すべてのゲルにおいて、負のエネルギー弾性は無視できないほど大きいことがわかったという。
また研究チームにより、負のエネルギー弾性がゲルの保持する水に由来していることが明らかにされた。水は変わった特性を持つが、ここでもその水の影響が大きかったのである。そして水の割合を減らしてゴムに近づけていくと、負のエネルギー弾性は無視できるほど小さくなることも確かめられたとした。
このことは、負のエネルギー弾性が、ゲルの持つユニークな性質であることを意味するという。これまで、ゲルとゴムの弾性論(やわらかさの基礎理論)は、本質的に同じであると信じられてきたが、今回の発見は両者の違いを浮き彫りにし、ゲル弾性論のパラダイムシフトを促すとしている。
ゲルは、ゼリーや豆腐などの食べ物以外にも、ソフトコンタクトレンズや止血剤、癒着防止剤など、医用材料として幅広く利用されている。これらの医用材料としては、生体に接触する形で用いられていることからわかるように、その開発にはゲルのやわらかさの理解・制御が重要となる。単にやわらかければいいというわけではなく、流動食や人工硝子体に用いるのならやわらかくする必要があるが、止血剤や人工軟骨にはある程度の硬さも必要だ。これらを作り分けることで、さまざまなシーンにおける生活の質の向上につながるという。
また今回、負のエネルギー弾性が発見され、その存在により、やわらかさの温度変化が従来の想定よりもかなり大きいことが実証された。このことは、ゲルがさまざまな温度で食用や医療用途に使用されるため、つまり実用面から非常に重要な点だという。
そして、やわらかさを決定する物理法則が解明されたことで、新規ゲル材料の開発および、食品業界や医療などのゲル材料を利用する産業全般に広い波及効果が期待されるとする。
今後、研究チームでは、実験・数値シミュレーション・解析理論を組み合わせることで、ゲルのやわらかさをミクロな高分子の網目構造から完全に理解・制御することを目指すとしている。