国民の27%がスギ花粉症患者であると言われ、社会問題となっている中、林業分野におけるスギ花粉症対策として、少花粉スギや花粉を作らない「雄性不稔(無花粉)」スギの利用が解決策として考えられおり、無花粉スギの選抜や無花粉の新品種の開発には無花粉の原因遺伝子の特定が必要不可欠とされている。

こうした中、森林総合研究所(森林総研)は、花粉形成に異常がある雄性不稔の原因となる遺伝子のひとつ「MS1」を同定し、無花粉となる変異には2つの系統があること、ならびにこれらの共通した系統との関連性、これらの変異の元となる系統が全国の天然スギ林に広く分布していることを明らかにしたと発表した。

同成果は、森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 非常勤特別研究員, 森林総研特別研究員の長谷川陽一博士、同チーム長の上野真義博士、同Fu-Jin Wei博士、同主任研究員の松本麻子博士、同主任研究員の内山憲太郎博士、同室長の伊原徳子博士、静岡県農林技術研究所 森林・林業研究センター 科長の袴田哲司博士、東京大学 新領域創成研究科 特任研究員の藤野健博士、同准教授の笠原雅弘博士、基礎生物学研究所 定量生物学研究部門 尾納 隆大技術職員、同形態形成研究部門 特任研究員の山口 剛史氏、同生物機能解析センターの重信秀治教授、筑波大学 生命環境系 津村義彦教授、新潟大学 農学部 森口喜成准教授らによるもの。詳細は2021年月15日付のオンライン学術雑誌「Scientific Reports」に掲載された。

研究グループは、スギの雄花で発現している遺伝子を抽出し、塩基配列を解読、正常なスギと無花粉スギを比較した結果、無花粉スギの雄花では、108個の遺伝子で発現が抑制されている可能性が示されたという。

これらの遺伝子の塩基配列を詳細に検討したところ、そのうちの1つであるMS1に、塩基配列が失われる変異である「欠失」が生じていることが分かり、無花粉の原因となりうる変異が認められたという。

MS1遺伝子は花粉の表面に存在する脂質を運搬する役割があると推定されるが、この遺伝子が働くのに重要な部分の塩基配列が無花粉スギでは失われており、MS1の変異が無花粉の原因であると考えられるという。

また、MS1の変異が全国のスギにどのように分布しているかを明らかにする目的で、無花粉スギ9個体と18箇所の天然林に生育する74個体のスギを対象に、MS1の塩基配列(約2300塩基対)を解読した結果、MS1遺伝子の異なる部分で塩基が欠失した2つの系統(ms1-1およびms1-2と呼ぶ)が見つかった。ms1-1とms1-2は遺伝的に近縁で、1つの大元の系統からそれぞれ変異して無花粉系統になったことが判明したとする。

  • MS1の塩基配列を基に類似性がより高い系統間を連結したネットワーク図。類似性がより高いものどうしが線で結ばれ、円が大きいほど出現頻度が高いことを示す。ms1-1は青色の系統から派生しものであることが分かり、青色の系統からは黄色の系統が派生し、そこからms1-2が派生したということが判明。このことから、この青色の系統は雄性不稔になる変異をもつms1-1、ms1-2の共通した近縁の系統であると考えられるとした (出所:森林総合研究所),A類似性がより高い系統間を連結したネットワーク図

さらに、ms1-1とms1-2の大元となる系統は全国の天然スギに分布していることも分かったという。

  • スギの分布図

    無花粉スギ(水色および橙色)とその元になる系統(青色および黄色)の分布図(左)ms1-1系統(水色)は、天然林では発見されず、ms1-2系統(橙色)は宮城県の天然林で発見された。大元となる系統(青色と黄色)は、全国で広く存在していることが分かった (出所:森林総合研究所)

スギは、林業種苗法により配布区域を越えた種苗の移動が制限されており、区域外に由来する種苗を植栽することができないため、地域の環境や利用目的に応じた無花粉スギ品種を開発するためには、配布区域内で無花粉スギの系統を見つけ出すことが望まれている。そのため研究チームでは、無花粉となる変異をもつスギが全国に分布していることが分かったことは今後の無花粉スギの育種にとって重要だとしている。