東京大学総合研究博物館は11月17日、「NWA7533」火星隕石に含まれる鉱物のジルコンを用いて詳細な年代測定や鉱物分析、化学分析を行うことで、42億年もの長期間にわたる火星の内部構造とダイナミクスを明らかにすることに成功したと発表した。

同成果は、同博物館の三河内岳教授が参加する国際共同研究チームによるもの。ほかには、デンマーク・コペンハーゲン大学、英国地質調査所、欧州シンクロトロン放射光研究所、パリ大学、仏・ブルターニュ・オキシダンタル-UBO大学、西オーストラリア大学、オーストラリア・カーティン大学などの研究者が参加している。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

「NWA 7533」は、2012年にアフリカのサハラ砂漠で発見された火星由来の隕石だ。44億年以上前に形成された岩片や、その後のさまざまな時代に形成された岩片、鉱物片などを含む角レキ岩で、これまでにまったく見つかっていないタイプの火星隕石で貴重とされている。

「NWA 7533」は、太古の火星についての情報を得られる唯一の隕石であることから、これまでに多くの研究が同隕石を用いて行われきた。ただし、先行研究では年代測定に用いられるジルコンの分析数が少なく、長期間にわたる火星内部構造の変遷などについて、ほとんど議論が行われてこなかったという。なお宝石としても知られるジルコンはケイ酸塩鉱物の一種で、ジルコニウム、シリコン、酸素の化合物だ。生成時に鉛をほとんど取り込まず、その一方でウランの含有量が多いことから、ウラン・鉛年代測定法の試料として用いられることが多い。

今回の研究では、約15gの「NWA 7533」から50個以上の大きなジルコンもしくはジルコンを含む岩片を分離。それらに対し、まず走査型電子顕微鏡や四重極型誘導結合プラズマ質量分析など、5種類以上の分析法を用いて入念な鉱物分析および化学分析を実施した。その後、表面電離型質量分析法、二次イオン質量分析法により鉛とウランを用いた年代測定が行われた。

その結果、「NWA 7533」には約44.7億年前と約44.4億年前のふたつの形成年代をピークに持つジルコンが多く含まれており、そのほかのものは約15.5億年前~3億年前という幅広い形成年代を持つ、新しい時代のジルコンであること判明した。

約44億~45億年前にできた古い時代のジルコンは、ハフニウム同位体などの化学的特徴から、約45.5億年前に始まったマグマオーシャンの固化後にできた最初の地殻を元々の起源としていることが考えられるという。

近年になって提唱された、太陽系初期の巨大ガス惑星の移動を扱ったグランド・タックモデルによれば、43億年前頃までに起きた木星と土星の移動によって小天体が大きく擾乱されたとされる。それらが火星表面に衝突したとされる年代と、今回のジルコンの形成年代が一致していることから、このような大規模な天体衝突で地殻の再溶融が起こり、「NWA 7533」のジルコンはそのマグマから結晶化してできた可能性があるとした。

また、約15.5億年前~3億年前の幅広い形成年代を持つ新しい時代のジルコンには、ほぼ同じ時代に形成されたほかの火星隕石には見られない始原的な化学的特徴が、ハフニウムの同位体組成に見られることも確認された。

このことは、約45億年前の火星誕生直後から変化を受けていない、これまで未知だった始原的マントルが火星地下に存在しており、対流するマントル深部から地表にもたらされたホットプリューム(上昇プリューム)が、ジルコンの起源であることを示しているという。15.5億年前~3億年前にこのようなプリュームテクトニクスの影響を受けて火山活動が生じた地域としては、火星北半球のタルシス平原とエリシウム平原のそれぞれにある巨大火山地域しかないとする。

また若い形成年代を持つジルコンは、丸みを帯びたような形状のものが多いことが確認されている。そのため、元々マントルからのプリュームを起源とする、これらの地域の火山活動によってできたマグマから、それらのジルコンは結晶化してできたことが考えられるという。その後に、岩石が風化により削られてダストとして火星南半球まで移動。そして最終的に古い岩石などとともに、3億年前よりも最近に起きた隕石衝突によって「NWA 7533」の元となる岩石が形成されたと考えるのが適当だとした。

これらのことから火星の内部では、同惑星の形成当時から変化していない始原的な化学的特徴を持った対流するマントルが、深部に存在していることが明らかとなった。そして、その上にリソスフェア(岩石圏)に相当するマントルと地殻が乗った構造となる不動蓋型のテクトニクスが、42億年にわたって続いていたことが初めて解明された。

火星表面には、幅広い形成年代を持つジルコンが広く存在している可能性が高いという。このような試料を、近い将来に計画されているサンプルリターン探査によって地球に持ち帰って詳細に分析することが実現すれば、火星の地質学的な歴史を正確に明らかにすることが可能になるはずとしている。

  • 火星隕石

    研究に用いられた約50g「NWA 7533」火星隕石。右のサイコロは1辺が1cm (出所:東京大学総合研究博物館Webサイト)