2020年8月12日夜。地球上空約400kmを飛行中のISS(国際宇宙ステーション)「きぼう」日本実験棟にある窓の横に設置されたディスプレイに、東京のスタジオにいる俳優の中村倫也さんと菅田将暉さんが映し出された。「KIBO宇宙放送局」の開局だ。さらに世界中から寄せられた動画や視聴者からのメッセージが、宇宙スタジオのディスプレイに映し出された。ISSから見える「今の地球の姿」と共に。
この様子はYouTubeで120分間にわたり生配信されるとともにBSスカパー!でも生放送された。宇宙との双方向通信を生番組で配信したのは「世界初」。今まで宇宙飛行士という限られた人たちの世界だった宇宙に、誰でも自分の映像や言葉を送り届けることができたのだ。
実はこの番組は技術実証であり、公開「実験」番組だった。通しのリハーサルはなく本番での一発勝負。さらに「きぼう」内でカメラ設置などのセットアップ作業をしてくれる宇宙飛行士に作業を頼める時間は、挑戦する内容に比べてごく短い時間だった。なのにスカパー!は2時間もの生番組枠をとるという大胆さ。「まったく地上と交信できない場合も想定した台本を用意していた」と関係者がいうほど、ドキドキの本番だったのだ。
このプロジェクトはバスキュール、スカパーJSAT、JAXAが「宇宙メディア事業」の創出を目指して行う活動だ。宇宙飛行士の山崎直子さんはこの番組に出演後「ISS-NASA-JAXA-スタジオ間をいくつもの中継を介し、双方向でLIVE映像を繋ぐ、改めて凄いチャレンジ。日の出もばっちり見えて奇跡のLIVEでした」とツィート。なぜ実験段階でありながら、世界初の成功を導くことができたのか。番組を制作したバスキュールのクリエイティブディレクター馬場鑑平さん、テクニカルディレクターの武田誠也さん、JAXA新事業促進部J-SPARCプロデューサーの高田真一さんに聞いた。
地上→宇宙の回線がとんでもなく細い!
まず、この番組の何が画期的なのか。「今までISSから宇宙飛行士が地上に語りかけることはあったが、今回は地上にいる人たちが『きぼう』船内のディスプレイに登場してメッセージを発することができた」(馬場氏)。つまり、これまでの通信は圧倒的に上(宇宙)から下(地上)のワンウェイだった。地上から宇宙へも映像をあげて双方向通信を実現し、生番組を配信するという「世界初」の難しさをJAXA高田氏はこう説明する。
「地上では4Gとか5Gの通信システムが当たり前になっていますが、地球から宇宙への回線は驚くほど細いです。その制約の中で動きがある映像をどうやって遅延なく効率的に宇宙に届けられるか。バスキュールさんが通信プロトコルやアプリケーションなどの独自システムを工夫して作り上げました」(高田氏)。
バスキュールの武田氏は「映像に何キロバイトさいて、音声は何キロバイトさくのか。あまり帯域を絞ってしまうと映像ががさがさしたり角ついたりが多くなるので、バランスをチューニングするのに時間がかかりました」と語る。結果的に映像そのものはきれいに映し出された。番組視聴者が映像について違和感を何も感じなかったところに、彼らのスゴ技が隠されている。